2011年12月29日

戦闘準備

 見たこともない大人が僕をちゃんづけにしたので少し驚き少しうれしかった。僕が気づかなかっただけで、どこかで何度か会ったことがあるのかもしれなかった。ホームで引き渡されて僕はおじいさんと2人になった。互いに何も話さなかった。中華料理屋の壁に張りついて団体客の中に紛れて入り、そのままエレベーターに乗って上がった。おじいさんは大きなベッドの真ん中に眠り、僕は余ったところで眠るけれど同じところで眠るのはどうも落ち着かず、それはおじいさんの顔のせいだと考えて向きを変えてみた。おじいさんの足を見ながら眠ってみることにした。目を閉じるとホームに立つ父の姿が見えた。父はひとりだった。誰かがクイズを出している。
「地球上のある生き物だけがそれを作ることができます」
 知っている。それは知っているよ。今、それが僕の首筋にいて動いている。蟹! 正解は蟹! けれども、もう1つの重要な事実、蟹は鋏を持っている。思い出すと目を開けられなくなった。それはまだ僕の首筋に留まっている。もしも……。それが凶暴な性格の持ち主で、最初は足の先の方を、徐々に胴体を辿って這い上がりついにその生命の最も弱い部分を見つけ出して、今まさに止めを刺す準備に入ったのだとしたら。一瞬のためらいが、生死を分かつのだ。僕は目を開ける。自分の首もろとも、それを払いのける。蟹はブーンと音を立てて飛んでゆく。「おじいさん! おじいさん!」けれども、ベッドで眠っているのは、今は猿だった。

「蟹が上ってきたよ!」
 一階の中華料理屋に報告に下りた。
「今の店長は俺だ!」
 新しい店長が言った。だから、もう借金は帳消しだと言った。捲り上げた腕にコガネムシが埋まっているのが見えた。
 校庭近くの自販機の前に留まっていた。コインを入れるとカプセルが落ち、中を開けると恥ずかしいものだったのでカプセルの中に戻した。もう一度コインを入れるとカプセルが落ち、中を開けるとまた恥ずかしいものだったので、またカプセルに戻した。三度目からは手に取っただけでそれが恥ずかしいものだとわかるようになり、開けずに取り出し口の中に戻した。無駄遣いだとはわかっていたけれど、自販機相手にすることといえば、コインを入れるくらいしかなかった。
「早いな」
 気がつくともう薄っすらと明るくなっていて、友達が立っていた。
「寝てないからな」
「試合なのに!」
 友達は明らかに怒っているようだった。取り出し口に詰まっている未開のカプセルを見つけたのか、それ以上は何も言わず、鞄を開けるとユニホームを投げつけた。背番号は後から持ってくると言った。僕はハリガネを全身に巻いて戦闘の準備をした。余分な部分を切断して、なるべく身軽に動けるように工夫して巻いた。
「試合に出たいぞ!」
「俺も出たいぞ!」
 互いに今日の健闘を誓い合うと、それに鴉も加わった。

posted by 望光憂輔 at 00:26| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月27日

青い光

 幻想曲か何かなんてピアノの下にハンガーをねじ込んだり本を積み上げたりする人にとっては愚問であったし、とにかく課題曲でないことは明白な指使いを追って、僕はまだ見知らぬ朝の街を歩いていたのだった。朝の光に似た黄色い色の駅まで来た。すっかりまいたと油断したのか、道は朝が色づき始めるにつれてゆっくりと明確な形を見せ始めて、やがてどこか見覚えのある風景が戻ってくる。階段の上に輝く文字群が黄色から桃色に変わる。どこにも入り込むことのできない話。月曜も火曜ももう埋まってしまった後だから、強いて言うなら木曜の夜のドラマに入れることにする。

 蛍光灯をこれから鬼退治に向かう侍のように背中に担いで店内を歩いた。歩く内に刀は生涯の伴侶を得たように強く輝き始め、店内の絨毯や墓石や弦楽器を照らし出した。その光に吸い寄せられて、夏の昆虫がついてきたがそのまま店を出た。50m歩き、歩道橋まで来たところで後ろから女が駆けてきた。「後でくるから」そう言って僕は110円を差し出した。「でも、そういうわけには……」計測しなければならないと店の女は主張した。僕は千円札を預けて、「後でもう一度くるから」と言った。ヨーグルトを買うために。女がしぶしぶと引き上げると僕は家路を急ぐために飛行体勢に入った。100m進み赤信号を飛び越えて、一層細い道に折れ曲がったところで、急に体が重くなった。ホラー映画のエキストラたちが空中にあふれているため、強い空気抵抗を受けてしまうのだった。毎年お盆が近づく頃になると、子供だましの映画作りに駆り出される魔物たちによって夜の空気はすっかり重くなる。

 家がある。その中には怖い人たちがいてそれは僕の敵で、僕は何かの目的でこの家を見張っている。夜だった。理由はわからないが(怒ったのかもしれない)僕は銃を撃って1人を殺した。(本当は犬だった)そして家の裏に回って走って逃げようとした。(なぜ明かりを撃たなかったのだろう?)しかしドアが開き、1人の男が追ってきたのだ。僕は咄嗟に伏せた。けれども、彼がライトを照らすとピタリと僕の顔へ(彼はいじめっ子Aだった)。僕は丘を駆け上がったが、背後から撃ってきた。僕は振り向くと怒りの叫びを上げて、懐中電灯を投げつけた。(なぜかその時既に僕は銃を持っていなかった)丘を駆け下りて、浅い川の中に飛び込んで身を隠した。夜明けが近かった。

 突然の雷鳴の後、雲の間から城が現れた。「久しぶりね」と母が言った。
「城へのルートは三つだったね」けれども、母は二つだと言う。確かに今は二つになったのかもしれない。目の前にある高層マンションを見上げながら、まだそれが山だった頃の話を母に聞かせる。
「お父さんね」若い日の父は、山を直線的に駆け上がり城まで登ったのだ。人工の光を目指して夏の昆虫たちが舞い上がる。その時、もう一度、雷鳴。

posted by 望光憂輔 at 23:49| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月15日

殴ってもいいの

 レスキュー隊の到着を待ちながら校庭の上で先生たちはしらばっくれて座っていた。「素人が口を出しやがって」「ああした方が面白いとか、すぐ勝手なことを言い出すからな」参加者の意見の海に耐えられなくなって指導を下りたのだった。「おまえがやれっていうんだ」水泳競技が中断されている間、イルカのセルフショーで間がつながれていたがいよいよレスキュー隊が到着し、指導が受け渡される。「太郎さんだ!」キャップを被って、プールの方へ歩く太郎さんの姿が見えた。イルカたちは飛び跳ねるのをやめておとなしくなった。突然、僕の名前が呼ばれ参加種目はサッカーだと思い込んでいたので驚いた。太郎さんの銃声によって、みんながスタート台から飛び込む。何人かの選手がフライングしてやり直しとなる。もう一度仕切りなおして始めるが、やはり何人かの選手がフライングとなる。失格にすればいいのにと思うが、ここではそういうルールはなかった。太郎さんが厳しい声で注意するが、フライングする選手は跡を絶たない。真っ先に飛び込んだ選手が10メートル泳いだところで審判がフライングを告げる。首をひねりながら戻ろうとする選手を、太郎さんが制止した。「そこから!」そこからでいいと言った。位置を変えずに再スタートとなった。けれども、次のスタートもフライングで審判がストップをかけた。「そのまま!」今度も太郎さんの指示で戻ることが省略される。「そのままの位置で……」太郎さんが、言葉を継ぎ足す間に、何人かの選手が既に水面下で動き出し、ターンして折り返していたが、僕はまだスタート付近でもたもたとしていた。競技はとにかく1位で入った者が1位になった。

 先生の指示でゲームが始まろうとしていたが、僕は海パンの中にマヨネーズを入れられる守備側だった。「殴ってもいいんですか?」どう立ち向かうべきかわからず僕は極端な例を挙げて質問した。どうやら殴ってはいけないようだ。「蹴ってもいいんですか?」それならと僕は食い下がった。一方的にやられたくはなかったのだ。「本当はサッカーをやるつもりだったんです」大爆笑が起きてもおかしくはなかったが、みんな気の抜けた炭酸水のようだった。ゲームが始まるといきなり示し合わせた2人組によって挟まれたが、僕は殴り真似と蹴り真似を駆使して2人の間をすり抜けた。窓から飛び出してベランダを一周、目をくらましてから教室に戻ると素早く中央本棚の上に駆け上がり、そこで息を潜める。そのままじっと時間切れになるのを待って、涼しい顔で下りた。顔にマヨネーズをつけた者や、全身がマヨネーズだらけになっている者、みんな少なからず傷を負っており、無傷で済んだのは僕だけだった。先生が成績優秀者に対して金一封を配ると当然のように僕にもそれは回ってきた。一通り配った後で、最後にもう一枚残った封筒を持ったまま先生は迷うように辺りを見渡し、一度自分の懐に納めかけてからもう一度取り出すと今度は真っ直ぐ僕の方に突き出して、軽く頭を下げた。その瞬間クラス中からわっと歓声が沸いた。

 大勢の名前があるような暗示にかけられて、先輩でも殴れるという欄に丸をつけてしまった。その瞬間、みやさこさんはにやりと笑い、今から早速実行しなければならないと言い、僕はそれでそれが罠だったことを悟ったがまだ下を向かなかった。「まだサインしていない!」今日、僕はとことん冴えているのだった。それでその話は一蹴した。警察が到着するのでみんな席に着くようにと放送が入る。校内で誰の者かわからない五千円札が見つかったのでその持ち主を見つけ出すというのだ。
「僕はもういいや」余裕の顔をして、廊下の方を見ていた。新しく手に入れるゲームのことで、頭の中はいっぱいだった。

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2011年12月14日

鉄の感触

 また銀行が襲われ同じ場所に銭亀がいたと言った。「そろそろ正体を明かしてくれないか?」疾走する高速ビルの上で老刑事は言った。捜査の混乱を収拾するために、自分が銭亀であると証明して欲しいと言うのだった。「わかりました」内心の激しい動揺を抑えながら、ポケットからクレジットカードを取り出して一瞬だけ見せた。本名が見えてしまわないか心配したが、ちょうどビルが急カーブに差し掛かるのと重なったためよくは見えなかったのか、老刑事は納得した様子でカードを返してくれた。けれども、しばらくして信号で止まった時、急に思い出したように、「そうだ」と言った。「始まりの年号を確認させてもらおう」もう一度カードを出さなければならなくなった。ここで拒むような真似はできなかったが、もう一度見られれば真実を見破られてしまうだろう。(いくら老刑事の目であっても)「あっ、そうか」ポケットを探っている途中に、彼は言った。「年号は書いてないんだった」自分の誤りを認めると老刑事は苦笑いしながら謝った。「では、先に行くよ」その方がいいだろうと言った。反対する理由はなかった。帽子を深く被り直すと、疾走する高速ビルの上からジャンプし、すぐに蛙のように見えなくなってしまった。老刑事がいなくなり脚の震えが止まらなくなった。それは高いビルの上だからというはずは決してなく、それでも遥か下方に霞む街を見下ろすと、何か非日常的で恐ろしいものを見ているような気がしてきた。いつもなら、何のためらいもなくダイブできるし、あるいは他の疾走物に飛び移ることもできるのに、今はどうしても最初の一歩を踏み切るイメージが湧かなかった。あり得ない転落のイメージさえ湧いて、とうとうビルの上に伏せてしまった。このまま乗っていることだけは、できない。
 
 緩やかなカーブを越えやがて高速ビルは田舎道に入るところで速度を落とした。待っていた瞬間がきた。僕はダイブした。けれども、足が離れた瞬間、いつもとは違う重力が体を包み込むのを感じた。何かが、やはり、おかしい。貧弱なダイブは、自力では完遂することができず、僕は遅れてやってきたジャングルジムカーの角に手を伸ばしてしまった。いけない、と思いながらも手は離れない。鉄の1つに薬指の指紋が付着してしまうことの不安を、大丈夫、大丈夫、とかき消して都会の空にまで追いやった。横転した鉄枠の中から素早く脱出して、一歩二歩離れた。ジャングルジムカーから脱出した運転手は、捻じ曲がった鉄の様子を確認しながら、こちらに近づいてくる。「酷いことを」と言って僕を睨んだ。「人間業じゃないよ」と僕は冷静を装って言い逃れた。「またやるのか?」ドライバーはまだ僕を睨んだままだ。
「それを決めるのはあんたじゃないの?」開き直って相手任せのことを言った。
(このガキが……)「やるんだな?」僕の方に一歩近づく。恐怖から、僕も一歩近づいた。そして、男の顔に殴りかかった。手に当たったのは、鉄のようだった。


posted by 望光憂輔 at 20:32| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ギャング

 ようやく見つけたトイレの方に歩いて行くと入口のところに短いカーテンが揺れていて、中はあまりにも丸見えなので、入るのを止めて駅を出た。しばらく石の上に腰掛けて今後のことを考えていたが、やがて腰が痛くなって飛び下りた。石と僕との間は僅かな隙間しかなかったのに、少年はあえてそこを通り抜けようとするので僕は見えていないような振りをしながら、少ししかない隙間をわざと更に詰めた。どうしてそのようなことをしたのだろう。右肘が僅かに少年の体に触れた。3歩過ぎてから、少年は振り返った。「おい! 今のアフタープレイじゃね?」はにかみながら、僕は即座に一言詫びながら手を上げた。少年もそれ以上は何も言わずに黙って頷くとそのまま歩いて行った。西口周辺は大変治安が悪く、少年ギャングが盗みを働きながら歩き回り、またあちらこちらから怒号や火の手が絶え間なく上がっていた。
 東口への踏み切りは開かずの踏み切りだったために、僕は駅前ビルを飛び越えて行くことに決めた。浮遊の瞬間は著しく体力を消耗するけれど、上り切ってしまえば後は楽なことはわかっていた。勢いをつけて飛び上がると一気に屋上まで上昇し、手すりを乗り越えた。向こう側からも誰かが飛び上がって手すりを乗り越えようとしている気配が感じられる。先に長い髪の毛が見えて、女の姿が現れた。「もう少し!」後から上昇してくる男が女を押し上げているのだった。無数のTシャツが日の光を浴びながら揺れている。胸には種々の文字がプリントされていて、てんかす好き、間もなく閉鎖、中継なし、手を組むな等の文字が見えた。屋上ではフリーマーケットが開催されているのだった。買うあてもなくただ歩いているといつの間にか迷子になり、いつの間にか少年ギャングに囲まれて身包み剥がされてしまった。

「アウェーセンスを尊敬しているか?」
 どれくらいの時間が過ぎていたのか、年老いた少年ギャングが質問した。その場にいるのは皆もう若者でさえなかった。
「していない」と僕が答えたので、その場の空気が変わってしまった。身の危険を感じて走り出す。もう一度上昇するのだ。飛び上がる瞬間は体力を根こそぎ持ち去られるけれど、頂点まで達してしまえば大丈夫。僕は大丈夫になるのだから……。浮遊すると、誰か1人が追ってきて僕に並んで浮遊し、上昇した。
「もっとたくさん飛ぶことだ。色々なところへな」男はそう言い残し、失速していった。
 密集した屋根の1つに横たわり、下界の様子を眺めていた。逃げてくる男は押し寄せる大勢の男たちの圧力に負けたように転げ、駆け寄った1人に止めを刺されるとお腹を真っ赤に染めながら呻き声を上げた。僕は屋根を滑り落ちて男の元に着いた。真っ赤に開いた腹の中に手を滑り込ませて探った。
「先生のさばき方を知ってる? 知らないの?」男は知るとも知らないとも言わない。言えない。
「だからこうしてあげるよ。こうやって洗うんだよ」洗っていると、男たちが集まってきて皆で膝をついた。
「若いの。知らない男なのに、そこまでしてくれるのか」親分または最も年老いた男が、感心したように言った。

 屋根の上で暮らせる人々が増えるにしたがって、町も少しは平和になったようだった。
「若い頃は余裕がなかったから……」
 オレンジに染まる太陽を見上げながら、年老いた男は言った。すっかり年老いて、戻る場所も、上昇の方法も忘れてしまった僕は屋根の上で静かに同意した。いつかあったカケッコや争そいごとも、今は視線を落としてみてもどこにも見当たらなかった。再び寝そべって、オレンジを見つめた。
「この町も変わるだろう」
 年老いた男は、言った。


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2011年12月12日

世紀末家族

 50人の無法者たちは未だ逃走中で、急いで押入れの中から木刀を探し手に取った。一刻も早く何かの時に備えておかなければならなず、そのことをみんなに知らさなければならなかった僕は、兄に竹刀を手にするように言おうとしていたのだったけれど、それよりも早く、敵は家の中に侵入しており、僕の目の前に立っていたのだった。1人だった。畳の上を土足で近寄ってくると容赦なく木製の脚の短い机の上を渡って、切りかかってくる。間一髪のところでかわした、と思ったら頬の表面に僅かに奴の剣先が当たっていて血が流れた。恐怖と生存への強い執着の中で僕は身を捩り、そのまま自分の腰をかすめて後ろに剣を振った。振り返らなかった。けれども、確かに身体の最も重大な部分を剣が貫いたのがわかった。いつの間にか木刀は真剣と入れ替わっており、咄嗟に繰り出した後ろ刺しが決まったのだ。「その技は……」ヘルメットを取った悪党の顔は、幼い日に同じ師匠の下で修業した兄弟子のものだった。「兄ちゃん……」

 無法者の広報が家の中に入ってきて、「10分だ」と言った。時間がくると全員で我が家に押し入ると言うのだ。「20分!」10分はあまりにも短いと僕は言って抵抗した。広報はそれに折れて僕らは20分の残り時間を獲得したけれど、降伏も取引をする余地も何もない絶望的な時間だった。家の周辺は無数の無法者たちに囲まれていて、逃げ出す隙間はなかった。どうしようか……。それでも、何とかして家族で知恵を出し合う他なかった。「110番は?」「今は町中が大変なのだから、とても無理よ」「タクシーを呼んだら?」「タクシーなんかで逃げられるわけないでしょう」提案を打ち消す意見は、瞬時に強い説得力と共に響く。彼らは、約束の時間をちゃんと守ってくれるのだろうか……。不安げな表情を浮べ、みな時々時計の方をみた。時間はまだ半分以上あった。「そうだ!」と兄が言い「なになに?」と姉が言い、みなの期待が兄の頭脳に集まる。押入れの中を開けて、みんなで宝物を寄せ集めた。「これも、これも」姉が庭に落ちた栗をかき集めるように忙しく手を動かしている。「これは駄目!」持っていかれると思うと急に輝いて見え僕は1人で抵抗をみせたけれど、すぐに無意味なわがままとしてかき消されてしまった。「どうせここにあっても……」どうせ僕らは助からないかもしれないのだから。手に手に持てるだけの宝物を持ってこっそりと窓から抜け出すと、無法者の車のドアをノックする。「よかったらどうですか?」車内に差し入れた。「今はもう使わなくなったものですが」まだ、みんな小さい頃に遊んでいた玩具を手渡した。「懐かしい……」無法者のボスは熊の縫いぐるみを手に取って撫でた。「妹が好きだったものです」「私にも遠い昔、妹がいたものだ」熊の頭を抱いたボスの声はかすれていた。「僕の妹も死にました」そうか、そうか、と息を吐きながらボスは泣いていた。「思い出させてしまってごめんなさい」僕は架空の妹を作り出して、ボスの懐に入っていくことができた。間もなく、無法者たちは引き上げ我が家は全滅の危機を逃れたのだった。

 名前のわかるものは身につけない方がいい。自分自身も暴徒のような気持ちでいることが大事だと思いながら、びくびくとしていた。家よりも安全と思い体を休めていたガレージの前にバイクは止まり、男が降りてきた。「選べるのか?」男は問うた。「おまえは、場所を選べるのか?」と言って男は僕の頬を指先で突いた。「駄目でしたか?」自信なくガレージの外を見ていると、道の向こうから車が近づいてきてバイクの前で速度を緩めた。両親が戻ってきたのだ。「ここはわしらの家じゃ」堂々と父は言い、真っ直ぐに男の方を見ていた。少しの迷いもなかった。そうだ。僕の家だ。急に自信が湧いてきた僕は、男の指を根本から掴むと頬から引き離した。「放せ!」形勢悪化を悟った男はバイクに乗って引き上げた。(後に男は改心してボクシングに打ち込んだという話だ)

 ガソリンスタンドやコンビニエンスストア、スーパーや大型書店では無法者たちによって強奪が繰り返されていた。恐れをなした商店街の人々は店を畳み、残されたドリンクバーは、依然として飲み放題となっていた。叩き割られたUFOキャッチャーの中からは、多くの小動物や海獣たちが逃げ出して、街をさまよい歩く光景が見受けられた。歩道の上には、ガチャガチャから垂れ流されたカプセルが散乱し、まだ余力のある子供たちがストリートサッカーに興じていた。パンパンと無人の機械からポップコーンが弾ける音がして、空に打ち上げられるのを、お腹を空かせた人々は金魚のように口を開いて受け入れている。「さあ、私たちも行きましょう」母に促されて、僕たちは車道を渡った。「洗面器みたいなものはないかな?」姉がつぶやいた。

 無法者の街から逃れるために手配者は、家族を逃がしてくれると言った。「但し別々に」秘密の空港に着いたところで、僕は分解の予感に包まれていた。手配者の後をついて5人は歩いていったがみな一様に足取りは重かった。その道は、正しい道につながっているのか……。ゲートに差し掛かったところで、突然兄が手配者の背中を押した。「閉めろ!」兄と協力して扉を閉めた。これで輸送の道は断たれたはずだ。係員が、扉を開けるために動こうとするのを父が微笑みながら近づいて制止している。「まあまあ」その時、母は鞄を開けて飴玉を3つばかり取り出していた。

posted by 望光憂輔 at 20:51| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

チキン

 いつから開いているのだろうか、薄緑のカーテンが小刻みに揺れている。夕暮れの歩道を陽気に行進するちんどんやの鳴り物の音がいつものように聞こえる。姉がいなくなってから、一人にしては随分と広い間取りになってしまったけれど、実際に使っているのは一部屋にすぎなかった。そろそろ本格的に整理をして、不要なものを処分したりして一部屋を空っぽにしたり、新しい部屋の使い方を考えようと思っていたのだけれど。突然、見知らぬおばあさんが僕の二階の部屋に上がり込んできたのだった。姉がいなくなったとは言え、僕がまだ残っているというのに、管理人さんはどうかしている。続いて、おばあさんをばあちゃんと呼ぶ女とその子供らしき女の子も上がってきて、みんなして食事の支度に取り掛かった。大皿に盛られたミニトマト、キャベツ、キュウリがテーブルに並べられる。中心になって働いているのは、おばあさんだった。「さあさあ、そっちへ」いつの間にか、僕もおばあさんに使われている。読みかけだった本を閉じなければならなくなり、栞を挟む。共同生活を送るということは、そういうことなのだ。自分のやりたいこと、やるべきことを常に途中でやめなければならない。閉じた本を持って子供の手の届かないところへ片付けに行った。部屋の片隅には、まだ越してきたばかりの旅の鱗をまとった荷物がまとめて置いてあり、それを一瞬でも眺めていることが、なぜか他人の生活を覗き見ているように思えてしまい、この上ない罪悪感を覚えた僕は、一刻も早くこの場を捨ててどこかへ逃げ出してしまいたかった。どうしてだろう、ここは僕の部屋ではなかっただろうか、ついさっきまでは、確かに……。食べかけのチキンを冷蔵庫から取り出して、テーブルまで持ってくると野菜の盛られた皿の上にぶちまけたのは、ささやかな(精一杯の)自己主張だった。「どこで採れたの?」「実家の方で採れたのよ」「どうして行ったの?」チキンには、関係なく野菜中心の会話が交わされていく。「お父さんの運転で行ったのよ」「運転してもう大丈夫なの?」「まだ本当はよくないのだけれど、駄目だと言うとお父さん、泣くのよ」「ははは」

「こちらで召し上がりですか?」そうだ。僕はもう、どこにも帰りたくなかった。「ゼロコーラはありますか?」「では普通のコーラで」するとおばあさんは厨房の方を振り返り「ある?」と言うのだった。「ゼロある? ある?」そうしておばあさんは、厨房の奥へと消えていった。無人になったカウンターの前でメニューの光沢を見つめる僕の後ろに、徐々に行列はできていった。しばらくして、厨房の奥から別の若い男が現れると、「注文をどうぞ」と言った。「ゼロコーラと……」
「12番の旗が出たらお越しください」と男は案内した。できあがりを待つ間、店の隅々を散策してまわった。広い店内は未使用のスペースも多くて、奥のカウンターなどは照明が消され、椅子がひっくり返った様は、岸辺に打ち上げられ絶命した魚のようだった。ボーリングのレーンの近くにまで多くの席が設けられている。空いているところが多いだけに、どこでも食べられるだけに、どこにしようか決めかねるような夜だった。そろそろと歩いて戻りカウンターから突き出ている旗に近づいていく。旗は、まだ10番だった。

posted by 望光憂輔 at 01:39| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月08日

浮遊街道

 日々歌い続けることで、彼の記憶を呼び戻そうとした。リズムを変えて新しいものも取り入れて、今までにあったものからどこにもなかったものを作り出そうとする中で、毎日が積み重なって、とめどない歳月が川となって流れていった。歌の一つ一つはただ流木となって、誰の心にも留まることなく消えてゆくのだった。ある朝、「ただいま」と彼が口にした。当たり前のように朝がきた、といった調子で言った。その瞬間、彼は僕にとって見知らぬ他人となってしまった。どこから帰ってきたのか、どこへ帰ってきたのか、それさえわからなくなってしまったのだ。

 儀式の一環として金を撒いた。白いビルを男がよじ登って行く。泥棒? その周辺に次々と男たちが加わった。訓練だ。アクロバティックな形を取りながら、互いに絡みつき縺れ合って、進んでいく。危ない! 一瞬、手と手が離れて、落下する、と思った瞬間別の隊員が足を伸ばし、その手に捕まる。一瞬、危険と思わせるところまでもすべては計算し尽くされた訓練の一部なのだった。お金のことはもうあきらめていたのに、「あなたのお金も今は私のもの」と隊員が認めるので、僕はならば返せと迫った。突然、隊員はわからない言葉をしゃべりだした。取り巻きの者たちはボイスパーカッションを始め奇妙な歌が始まると、僕はついに理解し合うことをあきらめた。
 緩やかなスロープを通って自転車のライトが流れてくる。川に反射して輝くタイヤフィッシュを眺めながら、昔だったらこの川くらい自転車で飛び越えることもできただろうと考えた。今では、目の前にあるささやかな手すりさえも、危険な障壁のように見えてしまうのだ。
 適当なライブを見つけられないまま3時も過ぎて、外国人のカップルと乗り合わせたエレベーターを降りてホテルを出た。どこか遠くでサイレンの音が聞こえる道、まだたくさんの人が歩いている道。杖を振り回しながらお婆さんが、奇声を上げながら歩いてくる。決して関わらないように、あるいは余計な接触を避けるように道行く人が用心深くコースを変更する。僕は歩道を越えて、浮遊する。

 今年も残るところあと僅かなので、みんな髪を整えておくようにと先生が言った。残り少ない道の上から野菜たちが転げてくるのを、やり過ごしながらゆっくりと進む。店の前には車が止まっているけれど、それが順番を待っているのか、ただ止まっているだけなのかはわからない。八百屋の中では猫たちがいたずらをして困ると言って主人が愚痴を零していた。「この忙しい最中にまったく!」そこで主人は猫たちに遊び道具を与えることにしたのだった。「さあ、これを持って出て行け!」2匹の猫は、駐車場の片隅で胡坐をかきながら雲に向かって水鉄砲を打ち上げていた。それよりも相手に向けて撃った方が何倍か面白いよと言って教えてあげたけれど、猫たちはそのやり方がとても気に入った様子で、道筋を曲げることはとうとうなかったのだ。
 川の上に浮遊して、余裕を感じたのも束の間、おばあさんもまた杖を振り回しながら浮遊して追ってきたので、僕は更に浮遊して歩道橋を越えた。逃げすぎたのが明確に目標を示すことになったのか、おばあさんは宙に浮いたまま猛然とこちらに迫ってくる。一振りで歩道橋をなぎ倒して、向かってくるのだった。最初に見た時よりも、巨大化しているように見えたのは錯覚だったろうか……。「あれは本当に怖いな」と誰かが、下の方で言うのが聞こえる。

 僕が音楽家を助ける方を選んだため、置いてきた漫画家は少し寂しげでした。それで、痩せた、骸骨の絵ばかりを描いていたのです。

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タクシードライバー

「どうして東京へ?」とタクシードライバーが尋ね、「テレビが壊れたから」と僕は答えた。そんなところから拾う人は、東京にはいないからねと言う。メーターが上がってしまうからねと言う。「東京駅へ向かう人はみんな迷子です」タクシードライバーは700円と書かれた帽子を頭に乗せていた。僕は東京の空について尋ね、彼は幻想の東京と現実の東京について答える内に、時間の話になり映画の話になった。「2時間というのが迷惑をかけない時間なんだ」迷惑という言葉が妙だった。「姿勢が続かないということ?」タクシードライバーはウインカーを鳴らし、右折レーンに入った。交差点の標識には知らない土地の名前が書かれている。「陶酔の限界なんですよ」限界とは、どういう意味だろう? 「時間を忘れてしまう。そういうのが好きだな」そう言うと彼は日常と陶酔について語り始めた。東京駅へ向かう途中、延々と映画の話が続き、徐々に非日常世界へと入っていくように交通量が減っていった。車線も信号の数も減っていき、人の姿も見かけなくなった。「登場人物が生きているような映画だよ」どんな映画がいいかについての彼の答だった。東京に来た時、彼は俳優を目指していたのだと言う。日が徐々に落ちてきた。
「どうしてやめたの?」余計なこととは思ったけれど、言葉は止められなかった。そして、タクシードライバーは黙り込み、車は細い急斜面を上った。誰もいない道だった。僕はどこへ向かうのだろう。行き先を伝える言葉を誤ったのだろうか。あるいは、出発の理由が既に愚かにすぎたのだろうか。

「どこだ?」落葉の敷き詰められた赤い道の上を車は滑っていた。タクシードライバーの肩を掴んで、僕は叫んでいた。「どこだ?」タクシードライバーはブレーキを踏んで車を止めた。不意に、自分が誘導して車を辺境の地に運んできたような気になると、恐怖がエンドロールのように押し寄せてきた。ドアが開き、落葉の上に僕の足があった。トンネルの奥から、老夫婦が助けを求めるようにして逃げてきた。おじいさんは足を引きずって、おばあさんの肩を借りている。車に戻ろうとした時、運転席にタクシードライバーの姿はなかった。車の後ろに隠れ込むようにして、老夫婦は小さくなった。人間か獣かわからないような影が、トンネルの奥から血の匂いを追って駆けて来る。闇の中から最初に現れた鎌のような金属が、落ちかけた日を受けて輝くと、それは着実に悪意を持った使い手と一体となりこちらに近づいてくる。何かを探し、地面に手を伸ばしたけれど、その手に握られていたのは落葉ばかりだった。凶器を振りかざし、泥だらけの男は、車のすぐ傍にいた。
 その時、何かが車を突き抜けて、僕と殺人鬼の間に立った。人間離れした何かが殺人鬼に体当たりした。「俺の原案のおかげでこの映画は成り立つんだろうが」そう言いながらモンスターが、その大木のように太い尾で殺人鬼の体を容赦なく締め付けると、落葉が風に舞い上がって殺人鬼の顔中に貼り付いた。やがて、赤い土に呑まれるようにして、殺人鬼の身体は沈んでいった。「もう大丈夫ですよ」

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2011年12月07日

JUDY & MARY

 おばあちゃんを送っていって、留守の間にコンビニを作った。おにぎりやお弁当が納品されて、早速品出しに追われる。「朝は豆腐でお腹がいっぱい」と姉が言った。「あの豆腐だけ?」と言うと姉は、もう一つ別の豆腐があるのよと言う。品出しのスタッフは足りているようなので、僕は他にやることはないかと店の中を巡回した。まだ納品箱に納まったままの品の中に三個セットではないでーんとした大きな豆腐があって、姉が食べたのはこの豆腐に違いなかった。玩具ルームには、人形や縫いぐるみやプラモデルが棚の中にぎっしりと詰まっていた。そのほとんどは兄が作った船や自動車やガンダムだった。熊の縫いぐるみを一つ取って、巡回に戻った。水の音に近づいて行くとそこはくつろぎの間で、石の上に座っているおじいさんの前を通り過ぎて奥へ進むとそこにはまた別のおばあさんが湯船に浮びくつろいでいた。くつろぎの間を抜けて、冷凍コーナーの横には細く暗い道があって、その先は行き止まりになっていたが、壁を押すと微かに揺れるような気がしたので更に強く押してみると先が開けた。そこは、おばあちゃんの部屋だった。取り壊したと思っていたのは間違いで、家の一部、無駄になっていた部分だけをコンビニに変えただけで元のおばあちゃんの部屋はちゃんと残っているのだった。応接間では、母が誰に飲ますとも知れないお茶の練習をしていた。入口がコンビニに隠れてしまった今、誰を招くというのだろう。でも、「みんなが入れるようにした方がいいよね」と僕は言った。それが父の常日頃の願いでもあったから。「暗証番号で入れるようにしたら?」

 トイレがなくなってしまったから、冷蔵庫の隅にでも放尿するつもりだったけれど、兄が「蕎麦を作ろう」と言うので、気を取り直してもう一度トイレを探すことに決めた。
「縄跳びの記録がおかしい」とキャンディさんが言った。僕と姉が跳んだ後でプリントした記録用紙の他に、もう一枚それとは違う記録が出されていて、紙の隅にはJUDY & MARYという謎の文字が残されているというのだ。間違えて二度出したということもなかったし、身に覚えのない記録だったし、それに加えてJUDY & MARYという謎の文字……。「わからない。わからない」姉も、腕を組んだまま動かなくなった。

 父の車でチャイムが鳴った。「何時?」と訊くと父は「わからない」と言うので、もう一度庭の上の木のベッドで眠ることにした。木の上にはマットの代わりに座布団が一枚だけあり、これがもう一枚あったら随分と助かるのだけれど、上にタオルケットを掛けても隙間風が入り込んですーすーとする。

 雨か……。今にも落ちそうな様子を見て父が呟いた。「新聞はどこだ?」今日の新聞が見当たらないとぶつぶつ言っている、父はそういえばもう亡くなっていることを思い出した。慌てて、「お父さん」と呼びかける。「お父さん、お父さん!」声を大きくしてみても、父は返事をしなかった。「おかしいな」そう言って新聞を探し続ける。新聞は兄が持っていったのかもしれない。
 病院からおばあちゃんをつれて、母が帰ってきた。「今日はたくさん跳べたよ」と言う母の手には、黒い縄跳びがある。
 テレビが壊れたので、僕は家を出て行くことにした。

posted by 望光憂輔 at 02:10| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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