2010年08月31日

教え子

「先生来ましたよ」

「頑張りましょうね! もう一度頑張って、復活しましょうね!」
 Fさんは、父の枕元に立ち、大きな声で父を励ました。

「はい。お世話になっています」
 父が、顔を持ち上げて、確かにしゃべった。奇跡を見たような気がした。けれども、すぐに眠りに戻った。Fさんは、父のまだ若い頃の生徒だ。僕の目には、父とそう変わらないような歳に見える。僕よりも古いつき合いで、僕よりも父は覚えているのか。あるいは、その大きな声によって、反応することができたのかもしれない。僕は駄目だな。何もしゃべれず、泣いてばかりで。
 Fさんが座るように勧めたが、僕はFさんこそ座るようにと言い、じゃあ一緒に座りましょうとFさんが言って、粗末な椅子に2人並んで座った。

「もったいないけどね、片面は空けておくんです。そうして後から思いついたことを書くんです。僕は、そのやり方を今も実行しているんですよ」
 Fさんは、父から教わったというノートの取り方を僕に教えてくれた。話している最中、管が何度も落ちてきた。その度に、Fさんは拾って痰を取る装置の上に載せた。
「まだまだ教えて欲しいことがたくさんあるのです。なんとしてもよくなってもらわねば!」
 Fさんは、力強く言った。看護師さんがやってきて、父に全粥を食べさせている。

「先生しっかり食べてね!」
 父はうんうんと頷いた。僕が生まれるずっと前からFさんは長い間父の教え子だったのだ。

posted by 望光憂輔 at 23:39| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スプーン

「食事の介助をお願いしてもいいですか?」
 点滴で終わりかと思っていた。

「どうしたら????」(寝ているじゃないか)

今日の夕ご飯
全粥 みそ汁 魚 野菜 大根と人参
アップルフレッシュ 麦茶味のテルミールミニ

 テーブルの上には、紙ナプキンにくるまれたスプーンが置いてあった。
今は箸ではなく、スプーンになっているのだ。

「後で看護師が来ます」
 看護師は言った。

posted by 望光憂輔 at 23:01| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月30日

イビキ時々唸り声

 坊主にした父を眺めていた。おじいちゃんに似ている。
 痰を取るために看護師さんがやって来た。うまく口が開かない。

「わーっ……、いたい!」
「じゃあ口を開けて!  はい。たくさん取りました」
 父はうれしそうに笑った。ほんの微かだけど、笑ったように見えたのだった。
 お父さん、今日は晴れだよ。
 父の両手は胸にあり、口はずっと開いたままだ。体には、赤、黄、緑のコードがくっついている。父は、科学の実験をしているのだ。夢を見ながら。どこまでも研究熱心な父だ。
 ちゃんとした最後の会話は何だったろうか。松山千春か?
 ここには母のベッドがなかった。粗末な椅子しかなかった。

posted by 望光憂輔 at 16:59| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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