2010年08月27日

パイプ椅子

 父が動き出した。
「どうするの?」
 僕は心配になって見ていた。ベッドの下には靴と下駄とが置いてあったが、靴の方を履こうとしている。小学校の上履きのような小さな靴だった。父は苦労して靴を履き終えると、母のベッドの前に置いてあったパイプ椅子に座った。
「ここで食べるの?」
 その椅子はお客さん用だと思っていた。食事は常に、ベッドでするのだと思っていた。先生が食事を運んできて、慣れた動作で机をベッドから動かしてどこかのスイッチを押した。すると机は自動で降下して、父が食事をするちょうどいい高さで止まった。
「何食べるの?」
「全粥」
 と父は言った。
 今日のメニュー  全粥、鶏肉、豆腐、みどりのもの
「肉うまい?」
「うまい」
 と父は言った。
 父は、勢いよく食べた。勢いよく音を立てて、全粥を食べた。
 薬がやってきた。小さな白いのが全部で8粒もあった。
「開けてくれ」
 と父が言った。父は、あらゆるパッケージを開けるのが苦手だった。「こんなの嫌いだ」と包装フィルムに触れては言ったものだ。薬を取り出すことは、僕にも難しかった。一つ一つを小さな皿に入れていった。誤って薬がどこかへ飛んでしまったら大変だ。僕は今日一番の大仕事を慎重にやり遂げた。
 父は、マグカップに入ったお茶で薬を飲んだ。そして、全粥を勢いよく食べた。
「行っておかねば」 と父が言った。
 すると先生が来て「さあ、行きましょう」と言った。
「すみません。お世話になります」と父は言った。
 しばらくして、父は戻ってきてベッドに入った。テレビを見た。そして爪楊枝を取った。

posted by 望光憂輔 at 13:38| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

デザート

 病院の中で僕は何度か高熱を出すことがあった。夜、看護師さんが僕をベッドから連れ出して、どこかへ連れて行く。ふらふらと僕は自分がどこへ行くのかわからなかった。薄明かりが灯る場所に座らされて、目の前には普段食べたことのない幾つもの果物が硝子の器に盛ってあった。「さあ、食べなさい」頭は、重くじんじんとしていたけれど、体がおいしいおいしいと言ってそれを食べた。「誰にも言ってはいけないよ」あれは、何かの褒美だったのだろうか。彼女は僕の味方だった。どんな世界にも、必ず味方はいるのだと僕は信じた。自販機コーナーのゴミ箱に、空き缶を捨てた。
 戻ってきて机の上には他にも爪楊枝や箸箱やキャラメルやボンタンアメの入ったカゴなどがあったが、それをどこへやるかもわからないし、またそうしなくてもそれなりにスペースは空いているようでもあったので、結局は缶を捨てただけで片付けは終わった。黄門様に歯向かおうとした悪代官は、助さんがえいっとやると消しゴムのように倒れた。水戸黄門が終わると、チャンネルは東京ガールズコレクションに変わった。父の足が小刻みに動く。

posted by 望光憂輔 at 00:09| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月26日

今日は祝日?

「今日は祝日だろう?」
「平日」
 と言うと父は難しい顔をしていた。
「明日が祝日」
「どうしてわかる?」
「どうして……」 (お父さんが教えてくれた)
 僕は何も答えられなかった。
「今日は水曜日だったな。明日は何の日だ?」
 やはり僕は答えられなかった。
「チャンネルはどこだ?」
「テレビの上」
 父はリモコンを手にしてテレビをつけた。
 ON、歌、ファッション、万博、ブルーベリー、CM、GW、仕分け、ばあちゃん、OFF、ON、ファッション、ニュース、CM、踊り、ばあちゃん、歌……。次々と切り替わるテレビを僕は眺めていた。時代劇になったところで、父はリモコンを置いた。昔から好きだった水戸黄門だった。
「机の上を片付けてくれ」
 父が慌てた様子で言った。夕食がやってくると父は言った。僕はどうしていいかわからないなりに、空っぽになった桃の缶詰を捨てにいくことにした。

posted by 望光憂輔 at 22:24| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。