2010年08月09日

伝説の授業

 生徒たちはみんな歩いているのだという。歩きながら考えていると良い発想が出るのだという。父の教室では、生徒たちはみんな教室の中を歩き回っている。その時、教科書は机の上に置かれているのだろうか? ペンやノートは持っているのだろうか? あるいは、机なんか後ろの方に片付けられているのかもしれない。話にしか聞いたことがない、父の授業に僕は参加することはできなかった。けれども、それは確かにあったのだと僕は信じている。
 歩くことが好きなこと。それは父の影響ではなく、子供の時、歩けない時期があったからだ。ベッドの上で長い時間を過ごした。ついに自分の足で歩ける日がきた時の感動がずっと忘れらない。恐る恐る地に足をつけた瞬間から、ずっと歩くことが好きなのだ。
 父は理科の先生をしていた。

posted by 望光憂輔 at 23:10| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

物を書く

 僕は物を書いて暮している。食べているのではなく、単純に暮している。それ以外の時間は単純に働いて、食べている。望むことばかりではないが、望まないことの中からでも望むことが見つかることがあるので、望むところである。僕の望むことは、話の種を見つけること、それだけである。書いていると昔のことを思い出す。今を書いていても、良いこと嫌なこと、昔のことも思い出してしまう。
「もっと働けばいいのに」と会社の女が言った。
 僕は最低限の働きができれば、充分だった。僕は物を書いて暮しているのだ。あることないことどちらでも、どちらともなく。僕の書くのはすべて現実ではない。本当のことだけを書いていても嘘になってしまうし、嘘ばかり書こうとしても本当になってしまうのだ。
「ずっと机に向かっていてもいいものは生まれないと思うけど」
 わかっているさ。そんな時には歩き出すのだ。歩いていると昔のことを思い出す。

posted by 望光憂輔 at 17:25| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

思い出

 老いた二人を、不意に見かけると僕は泣いてしまう。
 入口に掛けられた名前、細い寝息、小さくなった体、窓の外、灰色の景色……。弱りながらも生きていたあなたがいたあの場所にはまだたくさんのしあわせが残っていた。あるいは、あふれていた。


posted by 望光憂輔 at 17:02| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

灯り

「私のすることはすべて無駄だったわ」

「すべてなんて簡単に口にするもんじゃないよ」

「私の歌うことはすべて無駄だった」

「無駄だと思えば、すべてが無駄に思えるものさ。
無だと思えば、すべてが無にも思えるようにね」

「私は無駄な子で、どうにもならない子だった」

「キミがどうなりたかったのか、僕は知らない」

「例えば私は、天井にぶら下がる、1つの明かりだった。
みんなが私とよく似た形をしていたから、私もそこに居場所があると思ったのよ。私はぶら下がりながら、その狭い穴の中に納まりながら、友達に話しかけるように彼らに話しかけてみたけれど、私はそもそもそうすることに不慣れだったのよ。どっちがかって? そうどっちもどっちもそうだったのよ。だからなのか、それともそれが相手の性質によるものなのかはわからないけれど、何も返事はなかったし、そこには物音1つしなかったわ。私たちはそうして静かなまま夜を待ったの。本当のところは他のものたちがどうだったかはわからないけれど、たぶんそうだったように思うのね。夜になって、見知らぬ人がやってきて、物音1つをようやく立てた。私にとってはすべてが見知らぬ人だったけれど。すると、私の周りの私によく似たものたちは、次々と明るくなった。見ると私を除くすべてのものたちはみんな見違えるように明るくなって、見知らぬ人の顔を照らしているのがわかったの。私のいる天井の周りだけが小さく浮いて、まるで黒い光を浴びているようで私はとても恥ずかしくなったのよ。見知らぬ人がどんどん私の方に歩いてきた。私は逃げることも隠れることもできなかった。そうするには、もう遅すぎた。見知らぬ人の太い指がとても嫌そうに私を摘み上げた。それから窓を開けて、勢いよく私を放り投げたの。さよならを言う暇もなかったわ。どうせ誰も答えられないことはもうわかっていたから、それはどうでもよかったのだけれど。私の存在は、もうそこにはなかった。次に私が見たのは、見慣れた太陽の光で、それは本当の光だった。
私だけ、灯ることはなかったのよ。すべては私の考え違いだった。私は天井ににぶら下がる、1つの明かりになることはなかったのよ。」

「話はもう終わったのかい?」

「無駄に長くて悪かったわね」

「話ってのはそういうものさ」

「そうなの? コウちゃん」

「自分の居場所にたどり着くには、時間がかかるのさ」

「どれくらいかかるの?」

「知らないよ。僕はそんなこと」

posted by 望光憂輔 at 00:58| コウとツムリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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