2010年08月11日

勝利と報復

 6歳の僕にはとても難しかったけれど、ヨシヒコくんは相手が欲しかったのか難解なルールを僕に覚え込ませたのだった。なんとか覚えたけれど、何度やっても僕が勝つということはなかった。その歳で5つも離れていると、体も頭もどうしようもなく上で、とても立ち向かうことはできなかったのだ。僕は入門書を読んでそれなりに勉強した。僕の知らない陣形が本の中にはいっぱい並んでいて、理屈はちっともわからなかったけれど、僕はそれを真似て使ってみることにしたのだ。後で考えれば、そんなもの読まない方が良かったのかもしれない。けれども、どこかで、心の底から僕はヨシヒコくんに勝ちたかったのだと思う。
 初めて僕が勝った時、彼はゲームではなく、直接僕に向かってきた。指は折れそうだった。髪の毛は千切れそうだった。顎は外れそうだった。彼の指が僕の口の中に入り、歯を破壊しようとしている。折れるのだと思った。僕はあちらこちら傷ついて、黒ずんだ。抵抗はできなかった。攻撃が終わる時を、静かに耐えて待つことしかできなかった。すべての歯は、何日もの間がくがくと揺れた。外れてしまわないことが不思議だった。それから一度もヨシヒコくんは僕とゲームをしなかった。

posted by 望光憂輔 at 21:11| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アフター・ゲーム

 指折り数えて、面会日を待った。面会日のことを思ってつらいこと、痛いことも耐えた。それはなかなかやってこなかった。首上げ体操をしている時、その一分間は凄まじく長かった。それでもいつか、面会日は訪れてよく晴れた午後丘の上に母と2人切りでお菓子を食べていた。普段絶対に食べることのできないお菓子は、どれもこれもおいしかったし、光の中を吹き抜ける風はどこまでも心地良かった。けれども、恐ろしい勢いで夕暮れが、終わりの時間が近づいていくのがわかった。もう一度最初の時間に戻ってほしかった。もう一度昨日に戻り、待つところからやり直したかった。日が薄まって、僕らの影が不確かなものになると、また憂鬱な日常の日々が浮かんできて空しくなるのだった。強くならなければ……。僕は自分自身に言い聞かせる。母の前で泣いてはいけない。泣くのは夜ひとりで泣くのだ。けれども、僕は、母を見て負けてしまう。母が涙を溜め込んで、無理に微笑もうとしているのがわかり、負けてしまう。泣いたら駄目だねと母が言う。
 待ち望んでいたのに、面会日はたった一日で終わってしまった。もっと打ち明けておけばよかった……。色々な気持ちを。終わる度に、後悔を繰り返した。けれども、その打ち明け方がわからなかった。
 試合の終わったスタジアムで僕はひとり動かなかった。4万人の人がいて、自分なんて誰からも見えていないだろうに、誰もが僕を見ているように思った。そんなはずはないのに、自分がスタジアムの中心にいるような気がした。どんなに世界が広くなっても、自分を通してしか世界は見つめられないのかもしれない。

 僕は巨大な円盤の中にいる。
 父が作ってくれたのだ。カチカチと音がする、リモコンも小さな円盤になっていた。カチッと音をさせると、円盤はその場に留まり旋回する。もう一度カチッと音をさせるとまた動き始める。器用にどこへでも向かうわけではなかったけれど、自由自在にどこへでも向かうことができた。その不思議な動きは、やはり宇宙からやってきたらしかった。カチカチと音をさせるリモコンが壊れてしまったことがあったが、その時は、手を叩くことでも同じように円盤を操作することができた。パチパチと高い音を鳴らして、僕は円盤を動かした。どこの玩具屋にも、それは売っていない、僕だけの宝物だった。けれども、それもいつか壊れてしまった。あるいは、行方不明になってしまった。

 ベンチの上を少年が歩いて渡る。始まるものは何もないのに階段を駆け上がってくる子供たち。フェンス越しに記念撮影が始まっている。さっきまで固唾を呑んで見守っていたピッチの中は空白となり、辺り一帯に自由と雑踏が帰ってきたのだ。いつまでも席を離れない恋人たち。誰もいなくなることを待っているように動かない。
「さあ行こうか」
 誰かが誰かに言う。勝利の余韻がいつまでも残っている。

posted by 望光憂輔 at 12:54| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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