2010年09月30日

窓と主語

 窓の外を水の粒が伝い落ちてゆく。その落ち方は方向といい速さといいみんな違っていた。みんなどこへ行くのだろう。どこかへ行かねばならないのだろうか。わかっている。きみたちは宿命にそってみんなどこかへ行くのだ。けれども、わかっていることと体験することは違う。
 明日が祝日だと僕が言った時、父は「どうしてわかる?」と向きになって言ったのだった。その時、僕は答えを失ってどうしていいかわからなくなってしまったのだった。不意に向けられた小さな子供の疑問に、なす術もなく固まってしまう大人のように。逃げて行く論理性を、必死で捕まえようとしていたのではなかったか。父は父なりに頑張っていたのだと思う。きっと最後まで。
「お父さん、おかえり」ようやく家に帰れるんだね。
 あらゆる方向からやってくるかなしみを予習して、浄化する。あらゆる物語を構築して、何度も打ちのめされておくのだ。人は同じ物語では泣かないし、あるいは少なくとも、耐性が身につくのだから。家に着くまでに、僕は少し回復しなければならない。

「浩二、お父さんが、」
 朝の電話を思い出していた。その時、母の声の主語でわかってしまったのだ。
「お父さんがねえ、」
 どうしてわかってしまったのだろう。下り列車の中で、僕はずっと考えていた。

posted by 望光憂輔 at 16:37| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月29日

そういうものだ

 今から夕ご飯にしようと思う。今日はどん兵衛買ってきた。ここはお湯が出るから……。ピッーといって母からの留守電は切れていた。それからほんの三日のことだった。僕が桃の缶詰を開けてから、ほんの二ヶ月のことだった。また来ると言って握手をしてから、ほんの一週間のことだった。あのしっかりした手の感触がまだ残っている、少なくとも今なら、まだしっかりとつながっている気がするのだ。新しい病院に引っ越してから、間もなく父はもう会えないところへ行ってしまった。あっけないほどだった。雨が降っていた。初めて病室に見舞いに行き、テレビと格闘する父を眺め、桃の缶詰を開けてカップに移し、パイプ椅子に座り全粥と肉を食べる父においしいかと訊ね、ベッドに寝たまま唇だけのさよならを見届けてから、迷いながら病院を出た夜に見た雨と同じような、雨が降っていた。そういうものだと僕は自分に言い聞かせた。朝だった。

posted by 望光憂輔 at 22:38| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月18日

ホーム

 鳥の囀り、虫の鳴き声、猫の独り言、時々人の声もする。一日雨は降らなかった。
 もしかしたら全部わかっているのかもしれない。人間的な表現レベルでそれを表せないというだけで、こちらが受け取り切れないというだけで、全部わかっているのかもしれないと思った。お父さん。どこまで行っても、あなたは父です。

列車はこのホームに入ります
 
 と、書いてあったが、ホームは一つだけだ。向こう側にもありそうなホームは、縮まり歪み雑草ばかり生い茂っている。金網の向こう側、駅のすぐ外にはタクシー乗り場があった。

「おめー違う。それじゃ駄目だ。
こうしてバーッとやらないと」
 車を降りて、熱心に何やらを指導しているようだ。野球なのかゴルフなのか。

「違うなあ。こうしてバーッと」
 ついにどこからかクラブを出してきて、本気で振り始めた。乗客が来るまで彼らは延々とゴルフのスイングを練習しているのだ。きっと、仕事よりもゴルフが好きなのだ。

「芋掘りだったらそれでいいがな。こうしてバーッとしないと」
 総理大臣がプレスリーの真似をする時の手振りと重なって見えた。
 僕は失笑を噛み殺しながら、列車の到着を待った。まだ外は明るかった。



                  終



posted by 望光憂輔 at 20:25| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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