2010年09月18日

サプライズゲスト

 隣の水元さんがやって来た。
「お父さん、水元さんが来たよ」
 父はまだ眠っている。
「先生! 水元さんが来たよ」
 父は大きく目を開いた。唇が唇の深いところで動く。何かを言おうとしたのだ。
「こんなに目が開いたのは、今日初めてですよ」
 僕は水元さんに報告した。報告しながら、うれしくて涙があふれてきた。僕が帰っても、父は平然としているが、誰か知らない人やお客さんがやって来ると父は、必死に覚醒しようとするのだ。なんて礼儀正しい人なのだろうか。

「よくなって帰ってくださいね」
 父はうーうーと唸った。
「そうですか。そうですか」
 手が冷たいですねと水元の奥さんは言った。
「先生の声が聞こえないと寂しいです」

 銭湯に行った母が帰ってきた。
「ありがとうございました」
 無理をしないようにと言って、水元さんは帰って行った。
 銭湯にはまだお湯が溜まってなかったと言う。
 今日の天気は晴れだった。

「ゲゲゲの女房よ」

 父は両目を開けてゲゲゲの方を見ていた。今日の父は調子がよかった。

 世の中のだいたいのことはタイミングで決まるのだ。
 病の発見も、新しい医療の発見も、出会うことも、出会わないことも……。
 もう少しの違いで、いつもうまくいったり、おかしくなったりするのだ。
 父の好きな花の写真をたくさん見たり、ピアノの音を聴いたら、刺激を受けて意欲が湧いて、声が出るかもしれない。デモタールが駄目でも、自然や音楽はもっとうまくやるかもしれない。わかりっこないのだ。どっちがいいとかよくないとかは。

 いいことばっかりはないんだから。

posted by 望光憂輔 at 00:10| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月17日

父の答

 まぶたが微かに動く。一瞬目覚めたような気がした。

「やってみようじゃないか」

「新しい治療か……。 やってみようじゃないか」
 父は言うのだ。僕の父はきっとそう言う。

posted by 望光憂輔 at 23:58| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

果汁1%

「もう一度話せるようになることも?」
 可能性はあると先生は言った。今でも父は話せないことはないのだという。ただ著しい意欲の低下がそれを難しくするのだと言う。途中までは、確かに改善の傾向があった。口から薬を飲まなくなってから、状況が悪化し始めた。もしそうなら点滴注射によってもう一度脳をよくすることができるかもしれない。先生の話では、いずれにしても年を越すことは厳しいということだ。

「緩和病棟を見たらあんたもいいと思う」

「もう弱っているんだから」
 母はもう苦しいことはさせたくないと言うのだった。
 僕はただ話ができたらいいと思う。もう一度、テレビを見れたらいいと思う。

「体を拭きますね」
 看護師さんがやって来て、体を拭いてくれる。

 反対に向きましょう。

 髭を剃りますよ。

 歯を磨きます。

 何から何までしてくれる。父はイビキをかいている。


「桃の果汁をなめさせようか」
 母が言った。
 5月の末以来、父は口から何も食べていない。
「酸っぱすぎてもいけない」
 母は銭湯に出かけて行った。

posted by 望光憂輔 at 23:38| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。