2010年09月01日

95点

 父を見すぎてはいけない。3秒以上見つめると泣いてしまう危険がある。無視しておこう。父なんて知らない人だ。僕は知らない人だ。父は、目を閉じながら食べていた。

「もぐもぐして」母が呼びかける。
「浩二が来てるよ」
 すると父は目を開けて、僕を見た。

「今日は久しぶりに天気がいいよ」母が言う。

 ここではそんなの関係ないや。テレビの上に鶴がいる。赤い鶴と桜色の鶴。

「石田さんとこの退院したよ」
「うおー、よかった」父が息だけでしゃべった。
「今度はお父さんの番よ。わかる? あれは誰かわかる?」

 父は、煙のような声で兄と僕の交じり合った名前を呼んだ。
 惜しい、お父さん。95点だったよ。

 父の両手がベッドの手すりを持っている。確かに自分の意思で持っている。ちょうど今滑り台に上った子供のようだ。
「さあ、行くぞ!」という姿勢に見える。

「ごっくんしないと」
 いつまでも噛み続けていたおじいちゃんのことを思い出した。いつもくちゃくちゃと、いつまでも、おじいちゃんはくちゃくちゃとしていた。

「私誕生日だったよ。知ってる?」

 あれほどもくもぐしていたのに、トレイの上のご飯はほとんど減っていなかった。
 父はイビキをかいて眠り始めた。大きなイビキだった。

posted by 望光憂輔 at 22:01| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日の昼ご飯
全粥 春雨 鶏肉 野菜 牛乳

 肉なんて、とても食べられるとは思えない。一ヶ月前と中身が変わってないではないか。父は随分と変わったというのに。もうテレビを見たり、チャンネルを変えたり、キャラメルを食べたりしないのだ。
 父は、昼になっても呼びかけても起きなかった。

「ご飯を食べれますか?」と呼びかけても起きなかった。
 目を閉じたまま、口の中にスプーンが運ばれる。口を数回動かす。けれども、すぐに止まってしまう。あるいは苦しそうに喉を詰まらせそうになる。
 寝ながら食べると喉が詰まっていけないという。おかしなところに入って危険だという。
「起きたら食べましょう」と看護師さんは言った。
 起きるものか。父は、ずっと眠り続けているではないか。全粥が冷めてゆくばかりだ。


posted by 望光憂輔 at 20:09| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

 日に日に弱っていくように見える。
 母がメールで言っていたのは、こういうことか。確かに、昨日よりも弱っているように見える。口を開け、イビキをかいている。それだけが、今は父の言葉だった。どのように聴くかは、それは無数の聴き方があるのだ。一時、途絶えると、死んだのではと思う。やはり、似ている。おじいちゃんの耳もこんな形をしていた。
 朝の点滴が、吊られていた。朝も食べられなかったのだろうか。

 何が母を悲しくさせる? それは窓がないことなのだ。カーテンを引けば、どこからも光が入らない。それがまるで希望がないように思わせてしまう。部屋でさえないようなこの部屋は、あまりにも殺伐としすぎている。秘密を守る空間も、花を飾る余裕さえもないのだ。もしも、窓があれば気を逸らすことができる。けれども、ここでは父を見つめ続けなければならない。見つめ続けていると涙が出てきてしまう。壁を見ても、染みしか見えない。窓があれば……。遠い空に鳥が飛んでいるかもしれないのに。
 父はとても落ち着かないのだろう。一週間前、恐らく今の何倍も多弁であった頃、家に帰りたいと何度も母に願い訴えたという。早く家に帰るべきなのだ。家に帰りたい一心で、父は眠っている。夢見ている。
 帰る、帰る、と、イビキが言っているように聴こえる。
 昼が、きた。

posted by 望光憂輔 at 18:27| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ボタン

 信号が変わるのを待っていた。もう随分と待っていたが、なかなか青にならないし、なかなか車も途絶えないのだった。あまりに長いと疑い始めた頃、目の前に押しボタンがあるのに気づき、僕はそのボタンを押した。一秒で青に変わった。車は瞬時に停止して、僕だけが渡るのを待っていた。僕が渡り終えると、信号は直ちに赤となり、また一斉に車が通り出した。
 川が澄んでいる。覗き込むと小さな魚が泳いでいた。公園の前を通った。父と子がカケッコをしている。いつまでもしている。
 所々で脚を伸ばし、池に浸かっている人々の姿が見えた。あの人たちは、何だろうか。

posted by 望光憂輔 at 16:36| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

囲み

あなたは動かないけれど

あなたの周りでたくさんのドラマがあります

今日もたくさんの人が来ました

外は晴れていて 母は昨日 誕生日でした

posted by 望光憂輔 at 00:42| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

テルミール

 父があの時言っていた飲み物は何だったのだろうか?

「お父さん、テルミール飲む?」

 看護師さんもFさんも行ってしまった。
 僕は父にテルミールをそのまま手渡した。父は黙って受け取ってテルミールを撫でている。開けてくれと言ってはくれない。父の手からテルミールを奪い取った。ストローを突き刺して父の口に含ませた。ほんの少し飲んだ。けれども、すぐに胸に零れ落ちてしまった。ティッシュを取って、拭いた。父は何も言わなかった。

posted by 望光憂輔 at 00:27| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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