2010年09月06日

無言

 父は横を向いていた。今日はイビキをかいていない。
「来たよ」
 微かに目を開け、微かに頷いた。
 今からお薬を入れさせてもらいますと言うので、僕は早速飲みかけのポンジュースを持って逃げ出した。
 白い壁には所々に、紙で作られた桃色の薔薇が無造作に貼られていて、紅白饅頭のようだった。日に日に弱っていく……。また母の言葉が思い出された。父の顔は、昨日よりも少し違っているように見えた。青いソファーの片隅には、白くとぐろを巻いた延長コードが置かれている。ずっと、置かれたままなのだ。2メートルくらいだろうか。
「お待たせしました。終わりましたので、お部屋にどうぞ」と看護師さんが知らせに来てくれた。そうか。逃げ出したのは、合っていたのだ。

 戻ると父は顎を引いてやはり横を向いている。昨日はあれほど上を向いていたのに。昨日よりも随分と静かなイビキだった。一フレーズがかなり長めだった。時折ふーっと言い、苦しそうな顔をする。母が泣くのは、きっとこの瞬間なのだろう。悪い夢を見てうなされている時、父はよくそのような顔をしたものだ。今もそうなのかもしれない。ただ、悪い夢を見ているのしかもしれない。母がやってきた。

「浩二よ」
 僕を紹介した。
 目を開けた父が、僕の方を不思議そうに見つめている。何も言えない。

posted by 望光憂輔 at 23:56| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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