2010年09月07日

アイコンタクト

 父は、一瞬だけど目を開くことがあるし、言葉さえ発することがある。
 人生で大切なのは一瞬だよ!
 一瞬のアイコンタクトだよ! あとは寝ていればいいのだ。

 ロビーで休んでくればと母が言った。まだ、伯母ちゃんたちがいるかもしれないから、もうさよならを言ったのだから、また会ったらおかしなことになるからと僕は言ったけれど、母はそんなことはない、そんなにおかしいことはないと言った。

posted by 望光憂輔 at 23:22| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

花と夢

 沙緒理ちゃんが、花を持って来てくれた。小さな篭に入った、可愛らしい花だった。僕も、キャラメルなんてやめて花にすればよかった。みんなが帰った後で、鼻を近づけると良い匂いがした。「本物かな?」母は、造花ではないかと言った。けれども、花の下に敷かれたスポンジに水が含まれているみたいだと言った。

「また、ぶどうを取りに来てくださいね」
 父の耳元で、手を取りながら伯母ちゃんが言った。伯母ちゃんはよいことを言う。人を勇気づけるには、夢のある話をした方がいいのだ。
 父に添って、みんなで写真を撮った。みんな寂しい顔をしている。

「帰りますよ」
 そう言うと父は、瞬間目を開いた。けれども、イビキをかいたままだった。

posted by 望光憂輔 at 21:52| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

風のレストラン

 うどんがうまい、チャンポンがうまい、コーヒーがおいしい、と旗は謳い放題に揺れていた。僕は吸い寄せられるように入口に呑まれると、途端に建物の中は暗くなった。開いたままのドアの向こうに明かりが見えて、入っていくと10ばかりのテーブルがあり、そのすべてに緑色のクロスが架けられていた。その一つに5、6人のグループが陣取って昼食を食べている。客は、それだけだった。駐車場へとつながら扉が開け放たれていて、外から風が入り込んでいた。方向によるためか、やけに強い風が流れ込み、緑色のクロスをさらって行きそうだった。僕は風に近い場所に、風を背にして座りながら、テーブルの上に腕を載せてクロスを押さえていた。

「いらっしゃいませ」
 おじさんが水を持ちやってきた。一人でやっている店なのだ。よければ日替は****だと言うが、風が強く、耳に入らなかった。僕は五目うどんを注文した。

「風が強いな」
 そうつぶやいて、おじさんは扉を閉めた。
 棚にはたくさんの漫画本があり、僕は小説を忘れてきたので、その中の一つを適当に選んで読んでいた。漫画脳が退化しているため、なかなか頭に入らなかった。しばらくして五目うどんが運ばれてきた。うどんが中華麺であればよかったのにと後悔しながら、体に意外とよさそうな五目うどんを口に運んだ。食べ終えた男たちが、次々と駐車場へつながる扉を開けて帰っていく。それからまた強い風が入ってくるようになった。緑色のクロスの裾が一斉に持ち上がる。

posted by 望光憂輔 at 20:41| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

イチロー優勢

「何対何?」

「6-3か、7かな?」
 テレビの角に入り込んで、数字が読めないのだった。

「イチローが勝ってるの?」

 スコアボードが画面の下に大きく現れて、6-3と判明した。
 父は、上を向いて、大きな口を開けて眠っていた。

posted by 望光憂輔 at 18:14| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2粒

今日の雨は昨日と違います。
2粒続けて落ちて、しばらく休みます。
止まったのかと思うと、2粒落ちてきます。
少し、間のある落ち方をします。


posted by 望光憂輔 at 16:29| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

野球

「イチロー対エンジェルスをやってるよ」
 椅子に座り、母はイヤホンをつけた。

「松井は駄目だったのかな?」

「お父さん、野球やってるよ。ほら」
 父は、イビキをかいている。
 母は、テレビを消した。

posted by 望光憂輔 at 16:04| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もぐもぐ

今日の昼ご飯
全粥 バナナ 野菜
牛と玉ねぎのシチューみたいなもの
チチヤスヨーグルト

 テーブルの上には、いつもお茶が入っている。
 もう、お茶さえ飲めなくなっているのに、バナナなんて食べれるはずがないだろう。もっと軟らかいものを、持ってきてください。早速、夕食からそうするようにします、と彼女は言った。

「お父さんの作ったCDをみんな聴いてるよ。デイホームの人たち、お父さんが来て、演奏してくれないと駄目って言ってるよ」
 目を閉じたままの父に、母が話しかけている。
「ヨーグルトあげようか?」

「お茶あげようか?」
 父は、一瞬口を動かしてもすぐに動きを止めてしまう。時々喉を鳴らして苦しげに顔をしかめる。

「もう寝る?」
 父は、頷く。

「もう少し食べる?」
 父は、頷く。
 母は、食べさせたくて仕方がなかった。

「ごくんした?」

posted by 望光憂輔 at 15:39| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

デジカメ

 母のカメラの中には、一ヶ月前の父がいた。

粥を食べる父。
新聞を読む父。
座る父。
コーヒーカップを持つ父。
テレビを見る父。
メガネをかける父。
箸を持つ父。
天眼鏡を持つ父。

 今の父がしなくなったことばかりだった。できることは随分と少なくなった。

今の父にできること
目を開ける。
口を動かす。
顔をしかめる。
ごほんと言う。
一瞬で眠ること!

posted by 望光憂輔 at 11:41| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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