2010年09月11日

チェックイン

 広い部屋の中で3つある机を勝手気ままに使っているとドアが開き、人々が流れ込んできた。「すみません」と僕はとりあえず謝り、机の上に散らかした荷物を片付けて隣の机に移動した。部屋が広すぎるとは思ったが、相部屋だとは知らなかった。そんなシングルなどあるのだろうか。またドアが開き、今度は裸の男たちが流れ込んでくるので、僕はまた机の上の荷物を持って一番端の机まで移動しなければならなかった。威勢良く男たちは入ってきて、真ん中の机を片付けると早速ぶつかり稽古を始めたので、僕は部屋の端っこで小さくなってじっとしていた。小さい方が大きい方を倒すと部屋の反対側から、一斉に座布団が投げつけられ、僕のいる側の部屋はたちまち座布団だらけになってしまった。僕は冷静を装って冷蔵庫の中を開けると、人々が順番に並び車を待っていた。
 一台の不可解な車が入ってきて道が支えてしまった。あれは違うぞと誰かが言った。さあ行こう! ヒッチハイクだ! それぞれ血液型とサークルを言って呼び止めるのだとリーダーは言った。「僕は放送部B型!」と言うとリーダーは「しゃべったことないなおまえ」と言いながら僕の鞄を持って自転車で逃げ出したので、僕は走って追いかけた。坂道に差し掛かっても、カーブに差し掛かってもリーダーは速度を緩めず僕は次第に引き離れていった。見えなくなったリーダーの後を追い山を登っていくと、獣道にはヤギや豚が草をむしっていたが、僕を見つけたボスヤギが今からフリーキックを蹴ろうと助走を取る仕草に入ったので、僕は身の危険を感じ、飛躍することに決めた。久しぶりに飛躍して、山の上から夜の獣たちを見下ろすと、その瞳が空室を知らせるサインのように光っていた。僕は徐々に高度を下げて、会社の倉庫に落ち着いた。そこはいつもの僕の通り道になっていたが、今では僕は部外者である。
 いつも倉庫は空っぽで、そこを通り抜けるとどこへ行くにも近道になるのだった。けれども、今日に限って倉庫の中は納品された巻物でいっぱいなのだった。仕方なく引き返すとやはり日曜日とは違い月曜日は会社の人たちが朝早くから働きに来ているようで、セロファンの壁の向こう側ではラジオ体操をする人や、ピアノの演奏をする人や、食パンにバターを塗る人々の姿が見え、会社の気配といったものが満ちていた。突然、前から部長が歩いてくるのが見え、僕は顔を壁に擦り付けるようにしながらすれ違った。その直後に、後ろで声がした。「ちょっと待て!」立ち止まらず足を速めたが、更に「待て!」と声が大きくなったので僕は走り出し、角を曲がったところで屋根によじ登った。しばらくじっと身を伏せていたが、すぐにサイレンの音が鳴り響き、はしご車からはしごが伸びて次々と屋根に架けられるのが見えたので、僕は飛躍の準備をしなければならなかった。飛躍すれば簡単に捕まらないことははっきりしていたが、街中で飛躍するというのは、最も目立ってしまうことであり、湖から幻獣が顔を出すようなものだった。それは追跡者を本気にさせてしまうということだ。仕方ない。もうそれ以外ない。僕は自分自身に覚悟を決めるように迫った。けれども、もう一度部長の顔が頭を過ぎった。飛躍のプレッシャーに体が震え屋根から滑り落ちそうになる。

ラベル:小説
posted by 望光憂輔 at 16:54| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

兄とお茶

「ここでいいか?」
 兄は言った。
 僕はどこでもよかった。

「これは運転しても大丈夫?」
 ノンアルコールビールが運ばれてきて、兄は店員に尋ねた。
 僕と兄は生ビールとノンアルコールビールで乾杯をした。2人で食事するのは姉の結婚式の前に百貨店でチャーシュー麺を食べて以来だから、きっと何年か前のことだった。

「好きなものを頼みなさい」
 兄は言った。
 僕は、好きなものが何かわからなかった。好きなものを選べるというこの上ない幸福の中に、いつも小さな不安がつきまとっているのだ。

カルビ ロース しいたけ タマネギ

タン塩

「休日は何をしている?」
 兄は言った。
「物を書いている」
「書いてどうする?」
「どうするって? どうもしないよ」

 兄がボタンを押した。
 店員が飛んで来た。タン塩を追加注文した。

「休日は何をしている?」
 僕は言った。
「別に何もしていない」
 兄は言った。

「煙草一本くれる?」
 兄は眼鏡の奥で微笑みながら、けれども動かなかった。僕は兄の煙草に手を伸ばした。
「吸わない方がいい」
 兄は言った。
「吸わない方がいい」
 僕も兄に忠告した。けれども、酔うと時々無性に望んでしまう。
「禁煙したことはないの?」
 兄はないと答えた。僕の記憶違いだろうか。何度かやめていた気がしたのだ。
「意志が強いね」

「おいしいなあ……」
 本当においしかったのだ。何を食べても、焦げた玉ねぎの真ん中さえもおいしかったのだ。
 おいしいと口にすると、不思議と涙が湧いてきた。そして、すぐに零れた。紙ナプキンを取って、拭いた。

「もういいか?」
 兄は言った。
「もういい」
 僕は言った。
 眼鏡の向こう、兄は強く、少しも泣いてなどいない。

「熱いお茶とかある?」
 兄は店員に訊いた。
 兄は強く、昔と変わらずお茶が好きだ。

「おいしかったなあ」

 出口から、店の前まで人があふれていた。雨の夕暮れだというのに、人がいっぱいだ。家族や恋人たちが日曜の夕暮れに、遠くから足を伸ばしてやってきたのだ。みんな、おいしいものが好きなのだ。

posted by 望光憂輔 at 00:05| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。