2010年09月30日

窓と主語

 窓の外を水の粒が伝い落ちてゆく。その落ち方は方向といい速さといいみんな違っていた。みんなどこへ行くのだろう。どこかへ行かねばならないのだろうか。わかっている。きみたちは宿命にそってみんなどこかへ行くのだ。けれども、わかっていることと体験することは違う。
 明日が祝日だと僕が言った時、父は「どうしてわかる?」と向きになって言ったのだった。その時、僕は答えを失ってどうしていいかわからなくなってしまったのだった。不意に向けられた小さな子供の疑問に、なす術もなく固まってしまう大人のように。逃げて行く論理性を、必死で捕まえようとしていたのではなかったか。父は父なりに頑張っていたのだと思う。きっと最後まで。
「お父さん、おかえり」ようやく家に帰れるんだね。
 あらゆる方向からやってくるかなしみを予習して、浄化する。あらゆる物語を構築して、何度も打ちのめされておくのだ。人は同じ物語では泣かないし、あるいは少なくとも、耐性が身につくのだから。家に着くまでに、僕は少し回復しなければならない。

「浩二、お父さんが、」
 朝の電話を思い出していた。その時、母の声の主語でわかってしまったのだ。
「お父さんがねえ、」
 どうしてわかってしまったのだろう。下り列車の中で、僕はずっと考えていた。

posted by 望光憂輔 at 16:37| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。