2010年10月26日

遅れた骨壷

 兄の車に乗って車で再び火葬場へ向かった。他の者はノリちゃんの車や、他の人の車で向かうのだ。時が経つにつれて、だんだんと関わる人も少なくなってゆく。最後には、親戚の人も、町内会のハルちゃんも帰って、家族だけになるのだ。
 僕が大事に抱えて持ってきた骨壷を、火葬場の人が引き取った。遅かったので、別の骨壷を用意したからもうこれは使いませんと言う。公務員のように時間に厳しい。もう、父は真っ白く断片的に解体されていた。

「じいちゃんが消えた」

 無人のベッドを見て、ユウちゃんが言った。そうだ、イリュージョンみたいなことだ。
 ここはどこどこです。ここがどこだかわかりますか。牛の部位を説明するように、火葬場の人が言う。ここまで、ここまでばらばらにしなければならないのか。人間は、死んで終わりというわけにはいかない。色んなものを、解いてまとめなければならないのだ。骨を拾うのは、お祖母さんの時以来、あれは十年も前のことだった。けれども、熱かったという記憶、箸が滑るというほんの僅かな記憶があった。遠慮なく、どんどんと拾った。他の人の拾うところがなくなっても構わない。僕は焼肉を食べる時などとはまるで正反対に、遠慮なく父を拾い、壷に入れた。

「まあ、綺麗な歯」

 一本の入れ歯もなかったねと母が言った。
 すべての父は一つの壷の中に納まり、母の手に渡った。遺影を、と火葬場の人が言い、僕は兄を見た。兄は、無言で唇と手をほんの僅か動かして、それを僕に持つようにと示した。圧縮された父を取り戻して家へと連れ帰る。父は、どこよりも家が好きだったのだから。母は粉の父を抱き、僕は父の笑みを抱え、兄はしっかりとハンドルを握って家族を父の愛する家へと運んだ。父の眼は僕を見つめ微笑んでいた。今にも何か言い出しそうで、僕は視線を逸らし窓の外を見た。緑色の景色が続いた。

posted by 望光憂輔 at 00:15| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月23日

魚の握手

「ごめんね」
 そう言う母の発音は、父が亡くなった朝、「お父さんが」と僕に電話越しに告げた時とまったく同じだった。結びついた二つの言葉を、僕はいつまでも忘れることができないだろう。ハナミズキを聴く度に、あの病院の傍の風のレストランでアイスコーヒーを飲んだ午後のことを思い出してしまうように。
 降りる人を押しのけるようにして、バスを降りたが、今度は別段急ぐ必要はまったくなかった。私はここでと町内会館の前でFさんは言った。けれども、数分後にはFさんは僕の隣でご飯を食べていたのだった。
「町内会の人にビールを注がないと!」
 姉が、町内会の島を指して言った。随分遠く離れた場所に、よっちゃんの姿が見えた。
「まだ先は長いじゃないか」
 そう言ってごまかした。(昨日のように遅くまで飲むものだと信じてもいた)
 一人一人回っていたら、きりがないのだし、ビールなんて自分で飲みたい人が飲めばいいのだ。
「さあ、どうぞ」
 僕は、Fさんにノンアルコールビールを注いだ。
「もう、あなたもじっとしていなさい。疲れただろう」
 Fさんは、もうそんなに気を使わないよう、いちいち遠方までビールを注ぎに回らないよう、ゆっくりするように言ってくれた。僕も安心して、ゆっくりと刺身などを食べることにしたのだった。
 僕の前には見慣れないおばあさんが座っていて、町で一番高い山の話をした。「何メートルくらいあるのでしょう?」富士山よりも高くないということはわかったが、はっきりとした高さがどうも思い出せなくて困った。おばあさんは、山のこと、山登りにとても関心があるようで、話す内に僕は、ああ、ノリちゃんのお母さんだったとよくやく思い出した。
 誰かがビールを零して、上着にかかってしまったと言い、僕は台所にタオルを取りに走った。隅っこに置いていた僕の上着ではないとわかり、少しほっとした。
「煙草は吸うんですね」
 しみじみとした手つきで、Fさんは会館の縁に腰掛け、外に向かって煙を吐いていた。こればっかりはやめられなくて、とFさんは言った。いつの間にか母が傍にいて、Fさんと話をした。いつの間にか兄がいて、気がつくと姉もいるのだった。そうして家族でFさんを囲んで、お礼を言って、見送った。
「ありがとうございました」
 町内会館を出てみんなで見送った。高い鉄棒のように凛々しく立ち上がるFさんは、若い頃の父のようだ。最後に僕は魚の匂いのついた手で、Fさんと握手をした。どうしても握手がしたくて、いつかしようと思っていたのだ。
「よく似ているね」
 眼が父に似ていると言われて、僕は最後もまた泣いてしまった。あなたの方こそ、似ているのだ。


posted by 望光憂輔 at 13:28| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

火葬

「あんたら早く降りなさい!」
 棺をとっとと持てと言う。バスから降りる人を先に降ろして何が悪い。僕らがあるいは僕が何もしないから、姉は何から何までやってしまう。けれども、その逆のことだってあるのだ。あるあるだ。

「もう見たら駄目ですか」
 と母が訊いた。
 姉が母に添って、父と最後の対面をするのを僕はずっと遠くから白い壁に張りついて見ていた。母は耐え切れずに泣いてしまった。姉がわるかったねと言っているように見える。棺はレールに沿って暗い穴の中に吸い込まれていき、銀の扉が堅く降ろされた。扉の前で、母が動き出すまで何一つ動くものはなかった。母は小熊のように丸まっている。さあ、これをと促されて、これですかと母は訊いた。ボタンの前に持ち上がった母の指は、それでもしばらくの間動くことなく、その他に動くものは何もなかった。ようやく動いたのは、母の唇だった。
「ごめんね」 
 言いながら、最後のボタンを押した。
 扉の奥で炎が音を立てて燃え上がった。同時にみんなが動き出した。母の言葉によって泣き崩れる者もあった。部屋の隅っこで、あの強かった(僕が泣いてばかりの時も大きな声で父を励まし続けた)Fさんまでも、泣いている。

posted by 望光憂輔 at 00:22| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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