2010年10月20日

人違い 

 家に訪ねてくる人があった。タクシー運転手の武田さんか。
「あーどうも」
 僕は久しぶりですと言うように頭を下げた。どうやら別人であった。
「あーどうも」
 と昔の武田さんに似た人は、僕を知るように言った。
「いいえ、これは弟です」
 母が言った。互いに相手を捉え損ねていたことが判明した。
「どうも、わざわざありがとうございました」

posted by 望光憂輔 at 23:21| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

最後の一夜

 風呂に入ってから、お泊りセット(歯磨きセット、文庫本セット、タオル)を持って再び会館に行った。テーブルを囲んで町内会の人たちがアラレやスルメを食べながら缶ビールを飲んでいた。肉や魚や野菜や飯があると思っていたので、少しがっかりしながらノリちゃんの隣に座った。町内会のよっちゃんが、兄の隣で缶ビールを何本も空けながら長い話をするのを兄は時折頷きながらずっと聞いていた。僕はテーブルの角でスルメを食べながら、よっちゃんの話に耳を傾けながら、時々反対側の角にいる町内会のハルちゃんの話を聞いたり、その隣のハルちゃんの奥さんに夕べもらった竹の子のおいしかった話などをした。兄は、ずっとよっちゃんの話を聞き続け、随分と缶ビールばかり進むようだった。僕は何度も冷蔵庫まで通い、兄やよっちゃんや、他の町内会の人たちのビールを持ってきた。ハマちゃんは釣りの名人で、よっちゃんもなかなか勝てないのだという。町内会の人は、みんないい人だ。けれども、一番よくしゃべり、よく飲むのはよっちゃんだった。
「明日は先生に飲ませてあげるからね」
 一時も途切れることのなかった話は、21時を回って「それでは我々はこの辺で」というよっちゃんの言葉で突然に終わった。みんなが帰ると静かになり、テレビをつけると法律相談のバラエティーをやっていた。兄に煙草をもらって、吸った。夏の夜なのに、少しもむし暑くはない。

 蚊取り線香とおにぎりとラーメンを抱えて、ノリちゃんが家から戻ってきた。今日は三人で、父と蝋燭の番をするのだ。「尽きるのは5時くらいか」ノリちゃんが計算した。兄はどん兵衛を選び、僕は塩ラーメン、ノリちゃんはワンタンメンを食べた。ノリちゃんはどれでもいいと言い、僕もどれでもよかったのだ。空腹に吸い込まれていくラーメンは、涙が零れそうなくらいにおいしかった。「父も、麺類が大好きだった」
 何度回しても見つからないのは、ここではやべっちFCは放送していないからなのだった。代わりにノリちゃんと、サッカーの話をした。長友の話、大久保の話、松井の話をした。話す内にノリちゃんも眠ってしまい、僕も歯を磨きテレビを消して、会館の半分の電気だけ消して眠った。その内、ノリちゃんのイビキが強大化して僕は随分と距離を取ったのだが、どうにもならずに再びテレビをつけるとまだスポーツニュースをやっていた。イビキ音が吸収される音量を保ち、目を閉じた。4時くらいに目が覚めた時、蝋燭は短くなっていたが、まだ灯っていた。再び目が覚めた時、蝋燭は新しいものに換わっていて、やはり灯っていた。6時を回った頃、ハルちゃんがやってきた。
「こんなところじゃ、眠れなかったろう」
 家に戻って休めとハルちゃんは言った。町内会の人たちは、みんないい人だ。

posted by 望光憂輔 at 02:16| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月18日

通夜

 正しい流儀は誰も知らない。だから、みんながまちまちのことをした。高い音を出して叩く者、そっと手を合わせるもの、一度だけ叩いてみる者、礼をする者、何度も礼をする者、ある程度する者、高く掲げる者、そっとみかんを置くように置く者、人と反対にする者。そうこうする内に、玉串が最後になり、ついに残りは合同ですることとなった。代表の者が前に出て玉串を捧げる。遥か後ろの方で、姿の見えない者たちの手拍子だけが、微妙な時差を伴いながら、鳴った。知らない人がたくさんいることがわかった。知らない父がたくさんいたのだ。
 ユウちゃんは、ちょうどよいタイミングで眠りに入っていた。
 兄が、喪主に代わり挨拶を読み上げた。完全な構成の挨拶文を読み終えた。母に触れる一文が現れて、僕の涙を強く誘った。けれども、挨拶が終わると同時に、みんな一斉に立ち上がったのである。ありがとうございました。

posted by 望光憂輔 at 17:26| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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