2010年10月16日

黒い人々

 見知らぬ人が出たり入ったりして、それぞれに怯むことなく向かっていくユウちゃんは疲れを知らず、ずっと高揚の中にあったのだ。何度も寝かしつけようとおかあさんは頑張ったが、とうとうユウちゃんは眠らなかった。もういい。「ずっと起きていなさい!」とうとうあきらめておかあさんは言った。盆や正月や祭りの時などは、人は眠らなくても平気でいられる。気持ちが張っていれば、ずっと起きていられることができるのだ。
 父がいなくなった床の間の前から、僕もいなくなって自分の部屋に上がって寝転んだ。夕べは蚊に刺されてばかりでよく眠れなかったのだ。エアコンなどなくても、窓を開けていれば涼しいほどの心地だったのに、何度も襲ってくる蚊のおかげで眠りは虫食い問題のように満たされないものになってしまった。何もしないのに、僕は疲れていた。すぐに、眠りの世界に引きずり込まれる。きっと、今なら蚊もお昼寝の最中だ。
「おーい、みんなもう着替えているぞ」
 誰かが台風のように言った。
「それは明日じゃあないの?」
「今日もだぞ」と言う。
 今日と明日とすることはまったく同じだと兄が言った。
 まったく同じ……。同じ芝居を続けるようなことだ、そうだ。
 黒い服に身を通し、久しぶりにネクタイを着けた。三点セットで買ったのだ。玄関先には、親戚の人たちがみんな黒い服に身を包み集まっていた。駆け回っていたユウちゃんが、おとうさんと間違えてよそのおじさんの裾を掴んでしまう。そして、何事もなかったように、笑った。
 坂を上って、町内会館に歩いた。黒い服を着た、人々の姿があった。


posted by 望光憂輔 at 01:05| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月15日

七人がかり

 そろそろ箱を運び出さなければならないという。人が集まってきた。親戚の人と町内会の人々が父の箱を取り囲む。その中に交じって、兄と僕も父を運び出す手伝いをするのだ。慎重に抱きかかえて、玄関の段差のあるところを恐る恐る下りる。靴など履いている暇はないと見える頃に、兄が慌てて下の方で下駄を履いているのが見えた。箱を抱えて道路に出ると、みないつの間にか靴を履いていた。道路が雨で濡れていなかったことを、僕は喜んだ。町内会の人が、軽トラに上って、父の頭を先導してくれて、無事荷台に載せることができた。父が行ってしまい、僕は父の番をする仕事を失ってしまった。
「後で来てください」
 町内会の人が家の誰かに言った。花の順序がわからないという。

「じいちゃん、どこ行った?」
 ユウちゃんが言った。


posted by 望光憂輔 at 20:31| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

殺しのライセンス

「扇子じゃないよ。だってうちわだもん!」
 ユウちゃんが、堂々と言った。
「うちわじゃないよ、扇子。これは扇子」
 叔父さんは、少しも譲らず、ユウちゃんはしばらく不思議な顔をしていた。それから、叔父さんから扇子を強奪すると、見知らぬおばさん達のいる部屋に駆けて行った。
「ただいまなさい!」
「まあ、これは何?」
「これは扇子!」
 ユウちゃんは、すっかり扇子がお気に入りだ。

扇子はひらく
ひらくととじる
扇子はとじる
とじるとひらく

扇子はそう
ひらいてとじる
傘と一緒

雨が降ったら
傘をひらく
雨がやんだら
とじまる

扇子はひらく
ひらいてとじる
傘と一緒

雨が降ったら
ちゃんと傘を被る
やんだら傘いらない

扇子がひらくおともだち

扇子はひらく
落ちたらひろう

 開いて閉じて歌うを繰り返して、叔父さんの扇子はボロボロになった。誰かが父の遺影を持って行った。


posted by 望光憂輔 at 01:46| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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