2010年10月14日

扇子の風

「それであなたは、大丈夫なの?」
 箱の向こうから、叔母さんが言った。
「なんとか、いっぱいいっぱいだけど」
「大丈夫なのね。大丈夫ならよかった」
 それなら安心と叔母さんは言った。
「立派、立派」
 箱の向こうに立ち、叔父さんが言った。
「こんな時代の中で、立派、立派」
 言いながら、叔父さんは扇子で扇いだ。ほのかな香りが立ち上がり、名湯の素のように漂ってくる風が、僕に触れる。

ラベル:小説
posted by 望光憂輔 at 23:27| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

箱の音

 誰も来ない間、箱を叩いて様子を見る。とんとんとん。太鼓のような音。叩いても中の人は目覚めない。とんとんとん。朝、人参を切る時のような音がする。誰も来ないので、箱の陰に隠れて眠ってしまう。夏だというのに、戸を開けていると肌寒い。奥の部屋(元はお祖母さんたちの部屋だった)からも、誰かが昼寝をしているのだ、大きなイビキが聞こえてくる。とても、大きな、カエルが異常発生したようなイビキが、一定のリズムを刻みながら漏れ伝わってくる。ノリちゃんだ。僕は、しばらくの間、眠っていた。誰かが、父の顔を見るためにやってきた。布を外して、表の扉を開く。ご覧ください。
「まあ、男前になって」女は言った。
「みないずれそうなる」
 その後ろから、男が言った。近づいてくる男は、ベレー帽を被ったおじいさんだった。古い友達。
「10数年一緒に遊んでいたんだよ」
 箱の向こうから、まっすぐ僕に向いて話す。僕が見えているようだ。大昔の人が来て、ずっと遠くから話しかけられて、僕は泣いてしまった。とてもとても勝てないのだ。
「わしみたいにぼそぼそしゃべらず大きな声でしゃべる人だった」
 おじいさんは、ぼそぼそと言った。また、明日顔を出します。
 誰もいなくなって、再び僕は箱の陰に隠れて眠った。
 仕事に一段落をつけた姉がやって来て、驚嘆の声を上げた。
「まあっ、びっくりした!」
 箱の中から、イビキが聞こえたように思ったらしい。あれは、奥から聞こえてくる、あなたの旦那のですよ。

posted by 望光憂輔 at 00:21| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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