2011年01月28日

降下する人々

 降りていくと 顔がこちらを向いている。一瞬自分が間違えたのかと思う。けれども、確かに僕は降りてゆくのだ。男は、流れる床に逆らって無理に上ってくるわけではない。そのような努力を大人が試みれば、少し怖いと思いながら、僕は見下ろしていた。ただ顔が、顔だけがいつまでも降りながら上を向いている。その時、後ろから子供の声がした。「待っていなさい! そのまま待っていなさい!」顔が、父の声に変わった。振り返ると、女の子は声に逆らって降りてきていた。号泣しながら降りてくる。「危ないわよ」そこに居合わせた婦人は、万一の転落に備えるように手を広げている。女の子は、萎んだチューリップのような顔で、泣き続ける。

ラベル:チューリップ
posted by 望光憂輔 at 00:16| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月27日

バナナ

 窓辺では人形が踊っていた。その隣では、バナナも一緒に踊っていた。僕はバナナの方を寝そべったまま見つめていた。バナナは一通り踊り終えると、あるいは僕の視線に気がついたたためか植物のように静止してしまった。気がつくと人形も止まっている。急に部屋の中が静かになったような気がするが、元々彼らが踊っている間も静かに踊っていたのだから、きっと気のせいだ。踏み切りを越えて山の奥へ深く入っていくと、まだ知らない部族が暮していて、木でできた弓や吹き矢を使って、狩の真似事をしている。一緒に遊ぶためには、まず言葉を覚えなければならないが、僕に覚えられるだろうか。川が近くにあって、釣りをしている人がいる。一人で2本3本並べて逞しい。明日はもっと他のところも歩き回るつもりだ。目覚めて、はっとなる。自分が新しい部屋にいることに、新しい町に引っ越したことがうそでないことに安心して、また眠る。明日目覚めると、きっとバナナが踊っている。僕は、悟られないように、そっと観察するのだ。


ラベル:バナナ
posted by 望光憂輔 at 01:21| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月25日

帰省

 久しぶりに家に帰ると、僕は15歳になっていた。
 お父さんは大クジラになったのよ、と母が言う。
 寝転がって本を読んでいると、本を読むという行為について、本の内容については一切触れず、「だらしがない」と母は言い、僕はその言い草に腹を立て、「もう帰る」と言った。つまらないから、帰る。もう3時だから、広島で一泊するといい、と大クジラたちが言い、どうして広島なのか手掛かりがないままに、僕はほとんど納得しかけているのだった。大クジラの言うことだからきっとそうなるので、もしも母が同じことを言っても、僕は同じ反応をしなかったのだろう。(なぜ、僕の言うことがわからないのだろう)言葉を言葉通りに受け取って欲しいだけなのに、あるいは、言葉とは反対の意味に当然受け取らなければいけないのに、なぜそれができないのだろう、わからないのだろう。互いにそう思う。いつからこんなにわからなくなってしまったのだろう。親愛なるものは、ほとんど憎悪に変わってしまった。僕は、一人、白く流れる雲の家に帰り始める。自身に目覚めるために、世界は自身で見つめるしかないのだから。誰の干渉も無用だ。いかなる愛に基く干渉さえ、寄せ付けることのない季節の中に、僕はいた。

ラベル:
posted by 望光憂輔 at 02:36| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。