2011年01月19日

夢の時間

 難しい宿題を解いていると、答えは夢の時間に持ち越される。
 けれども、夢での成果は誰も認めてはくれない。
 夢について話せば、誰もがすぐにそっぽを向くばかりだ。
 僕はずっと眠らずに考えている。暗いうちにその答えが見つかることを願って。


   *


「私よ」
 ささやくような声が、背中の方から入ってきて、僕はそれを深い記憶の中に引きずり込んで、女の人の顔立ちが浮かび上がるのを待ったが無駄だった。振り返ろうと腕に力を入れるが、誰に押さえられているわけでもないのに、指先を曲げることさえできないのだった。
「誰?」
 それは声になることはなく、枕を生温かくする小さな息だった。
 
 昼時ともなると、現場の人が立ち寄ったり通り過ぎたりするのは、僕の部屋が工事現場の途中にあるからだ。いいとも、いいとも、とおじさんはテレビのスイッチを入れる。
「もう終ってますよ」たくさんの人が出たり入ったりするこの場所にプライバシーはない。もはや、部屋でもない。という中で僕は寝ている。

 僕はブレーキを踏まなければならないが、足がどうしてか届かないのだ。身を深くして沈めてみるが、ブレーキは僕の足のずっと先にあるのだ。助手席の母は、眠ったままで、僕は手に持つジュースを受け取って欲しいのに、それもままならない状況だった。ただスピードだけがアクセルを踏んでいるわけでもないのに、増して行く。止まれない。開いた窓から、それを投げ捨てることはできたが、僕にはできなかった。なぜなら、それは僕の手からどうしても離れようとはしなかったし、僕もそれを放したくはなかった。もしもそうするならば、それは母の手に対してのみだ。けれども、その母は、僕の隣でいつまでも死んだように眠っている。僕は、必死に母に呼びかけながら、同時に爪先を前方に伸ばして破滅へと続く狂った疾走を止めようとするが、いつまでも足はふらふらと宙を彷徨うばかりだった。

「ずっと、私はいたのよ」
 姉は言った。あの時、僕が動けずにいた瞬間、あれは姉だったのだと言う。
「僕は、あの時、金縛りにあっていたみたい。でも、姉さん。さっきは、いなかったよ」
「ずっと、私はいたじゃないの」
何を馬鹿なことをというように、真剣な目だった。
「どうやって入ったの?」
 姉は、ペンスタンドからペンを取り、黒と赤と、水色と黄色とピンクのそれぞれのキャップを外した。本棚から適当に本を取り出し、どんどん上に積み上げていった。机の上に、トランプを広げ苦労しながらカードの輪を作り終えると、満足気に笑みを浮かべた。何もせず、僕はただ空虚な物理現象、幼い日の遊びのような姉の作業をただ見つめていた。その内に、まぶたが重くなるのが感じられた。夢見る予兆、別れの予感、確かに僕の中で大きくなってゆくもの。

 いつの間にか前の部屋の人は引っ越したのだ。そして、突然今日になって、サンクスが開店するとは知らなかった。僕は、こっそりとドア越しに覗き見た。新しい制服を着た従業員が、五人も、六人も、奥の方にはもっと見え隠れしている。店員の一人は、手鏡を持ち前髪を直している。また、別の一人は入口の前、勿論それは僕の部屋の前でもあるその場所で無料の雑誌を備え付ける場所を確認しているのだった。うれしい。部屋の前に、コンビニがあるといつでも買いにいけるのだ。ドアを開けた瞬間、いらっしゃいませだ。けれども、一方、一般の客は、四階まで階段で上がってくるのは、さぞかし骨が折れるだろう。こんな場所によくぞサンクス。と僕は菓子パンを選ぶ予想を立てながら、眠っている。

 分厚い塊をフライパンに載せて揺すった。眠らない羊か、謎々を解く牛か、歌うクジラか、あるいは、魚かもしれない。油を足してみるけれど、まるで焼けない。青いホースに火がついているのが、見える。一瞬うそかと思った。そして、炎は消えていた。けれども、瞬きした後、やはりそれはうそではなくて、火は赤々とついていたのだった。僕は、ふーっと吹いてみた。火は、一瞬消えた。けれども、瞬きした後で、火は赤々と、もっと大きくなった。
「兄ちゃん!」
 僕は、兄を呼んだ。自分の手に余るほど成長した問題は、兄がすべて解決してくれる。
「兄ちゃん!」
 兄が、緩慢な態度をとるので僕はもう一度、更に強く呼んだ。

「おまえも名将の一人なのか?」
「いいえ。僕は100年経ってもなれないでしょう。その器ではないのです」
 22時のラジオドラマの中で雨が降り出した。
「バイト先にちょっと行って来る」
 母に無駄なうそをついた。本当はただ友達の家にいくというだけなのに、口を開けばうそばかりが出てくる。
 玄関には見知らぬ男が立っている。大の男は不気味な口を開けて薬を3粒ほど口に含んでから水を飲んだ。飲みながら水は、唇の端から零れ落ちている。男はポケットから冷たく光る物を取り出して刃を起こすと水の滴り落ちる口先で構え、雄叫びを上げた。よくないことになっている。それを確かめるように父の方を見た。
「お父さん」
 いつまでも、父を頼ってしまう。
 けれども、そこにいるのはザッケローニ監督だ。

 子供たちが橋を渡りながら歌っていた。山賊の楽しい歌だった。姉は、僕を抱えながら空を飛んだ。猿の木が近くに見えた。
「姉ちゃん、危ない!」
「猿も、飛んでくるからね。 距離を開けて飛ばないとね」
 そうして警戒しているとやっぱり、猿は飛んできた。僕は猿を抱き止めて、3人で空を飛んだ。猿は、怯えている様子だった。僕の手の中でぶるぶると震えているのがわかった。
「こんなに高く飛んだことはないだろうからね」
 姉は、町を越え、垣根を越え、山々を越えて高く飛んだ。僕も、最初に一人で飛んだ時はそうだった。自分が高く飛べるのだとわかると、どんどんと高く飛ぶようになった。最初は自分の家の屋根やビルや学校の屋上の辺りを飛んでいたけれど、自分の町を一通り巡る頃になると自信も芽生え、飛ぶということの恐怖心はなくなっていた。そうなると自分の町だけでは満足できなくなり、少し羽を伸ばし更なる高みを目指して飛ぶようになった。町が絵に見えるほど高く飛び、隣の町から、隣の町へ、どこまでも気ままに飛んで、いつか僕は震えるほど遠くにきていたのだ。そこはもう九州地方だった。たくさんの煙突が見えて、もくもくと煙が湧き上がっていた。それが雲と区別がつなくなって、僕は自分がどうしようもなく遠くへきてしまったのだと知った。
 雪が舞っていた。猿の体温を、手にしながら、僕らは飛んでいた。
「温泉の町へ行こう」
 桜の味がする雪を食べた。

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posted by 望光憂輔 at 15:25| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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