2011年02月17日

待合室

 こんなにも単純で不親切な案内図があるものかと、僕らは茶化してみたりしたものだ。「どうやって行くの? この矢印は何なの?」内部の事情を少しは知っていたから、それでも僕たちは歩き出すことができたのだけれど、早速おかしな階段が出てきて邪魔をする。「どうやって階段に入るの? 入口が狭すぎるよ」「潜れないよ。これじゃあ入り込めない」けれども、その内僕はいいこと考えついて、横からぴょんと入るのだ。僕は横からぴょんと階段に侵入して階段を歩いた。すると元の場所に戻ってきた。「意味ないじゃない。何なのこの階段」確かに意味がない、苦労して入っても行って戻ってくるだけの短い階段だった。ケイちゃんは、僕の部屋にやってきて、僕のテーブルが小さいと言って文句を言った。「一人分のだから充分なんだよ」
 お菓子の袋を抱え込んで、僕は待合室の安楽椅子に座っていた。フロアー全体がどこまでも待合室で、どこまでも張られた硝子から雑草が生い茂った土の庭が広がっていた。もしかしたらそれは、巨大なスクリーンなのかもしれない。そのような気がするのは、僕が食べそびれてしまったからかもしれない。だから、僕はそれに抵抗する武器として、あるいは拠り所としてお菓子を抱えているのだ。メールが入る。開くと、星座を問いかけられている。それはすぐに声へと変化した。「何座だった?」馴染むことのできない馴れ馴れしい声には聞き覚えがあった。答えると次の問いにずれる。声の向こうには別の声も交じっている。「答えてる? ちゃんと答えてるの?」次第に僕は、答えられなくなってゆく。空き缶が転がる音で目を開くと、それは僕の足元の方へ扇を描いて近づいていた。コーラがじわじわと溢れ小さな気泡と共に広がった。姿勢を変えずに視線だけを落として静観していると赤い缶は少し離れたところで止まり、溢れるものも落ち着いたので、やはり僕は動かないことにした。けれども、少しすると空き缶は、再び黒い液体を吐き出した。それは前よりも強い黒で素早い波だった。不意に押し寄せた波に、僕は両足を上げて難を逃れた。けれども、間を置かず押し寄せてきた次なる波に、すっかり取り囲まれてしまい、僕は身動きができなくなってしまった。「大丈夫ですか?」その時、声が聞こえて、僕の隣にも人が座っていたことに気がついたのだった。その言葉の、主語を探して、僕は硝子の向こうを見渡した。揺れている。安楽椅子が、あるいは全体的に。「ここの下は、カバですからね。今、ちょうど暴れているのでしょう」男は言った。

タグ:小説
posted by 望光憂輔 at 13:59| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月16日

追っ手

 3匹の犬がもうすぐ現れて追ってくるだろう。彼らの復讐は間違って僕に向かうことが想像できる。どうしてか彼らには対象の区別がつかないのだから。予想よりも早くそれはやってきた。やってくるよりも早く現れた。安全な部屋の中に逃げ込むべきかそれより遠くへ逃げ込むべきか正解がつかめない。鍵を回す時間が、ドアを開ける時間が、閉める時間があるのか、どうか。犬たちが追ってきた。無言で紙切れのように舞うように近づいてくる。情けを持たない匂いが既に満ちているのだった。僕は1度失敗した鍵を、今度はうまく回すことができた。中に入った。ドアを閉めて鍵を掛けて、大きく息を吐いた。犬たちが鍵を回そうとしているけれど、そんなことはできるはずがない。けれども、ドアの向こうに、犬たちが背伸びをして飛び跳ねる影が透けて見えるのだった。僕は、一歩二歩と部屋の中へ後退した。激しくドアを叩く音、蹴り上げる音、そして昆虫がかきむしるような音が断続的に続く。僕の呼吸は、なかなか落ち着かなかった。むしろより乱れていっているのかもしれなかった。今にも復讐の群れは、ドアをすり抜けて入ってくるような気がした。違うのに、僕は関係ないのに。どうにかして彼らの理解を得ることはできないだろうか、あるいは狙いを逸らす手段はないのだろうか。そう考えながら、僕はほうきを手に握り締めた。その時、あり得ないことにドアノブが回転して、ゆっくりとドアが開いた。踊るように尖った耳が入ってくるのが見えた。僕はほうきを手放して、台所の流し台によじ登った。続けて硝子窓の手前の狭いスペースに無意識の内に体を縮めていた。足が小刻みに震えているのを手で押さえながら見下ろすと、犬は横顔を向けて荒い息を吐いていた。けれども、その横目が鋭く僕の存在を捉えているのがはっきりとわかった。そして、窓の向こうでは、もう1匹の犬が跳び上がりながら、硝子を捕獲しようとしているのだった。

posted by 望光憂輔 at 13:53| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月10日

たまご

 台所が風邪をひいて咳き込んでいるので、僕は目蓋に熊を抱きながら、「うるさい!」と一喝したのだけれど、「あなた、それでも医者の卵なの? 何より大事なのは何だと思っているの?」と母に同時に2つの質問をぶつけられて混乱してしまったので、咄嗟に出てきたのはただ、「違うよ!」という言葉だけだった。「だったら何の卵なのよ!」という母の言葉は、もはや質問ではなくて、ただ僕を責め立てているに過ぎなかったし、適当な反論もなかった僕は、フライパンに卵を落とすとそれは見事に着地してきれいな輪になった。
 冷蔵庫の中は会議の真っ最中だった。「まずは、俺が先に出て行くよ! 何しろ本当なら昨日までの期限だったのだからね」とAさんが言えば、「それは納得がいないねえ! あんたは未開封だけど、私なんて1度外の空気に触れているのだから、より一層急がなければならないんだよ」とBさんが言う。「あなた方は、私の色が変わりつつあることに気がつかないのですか? 日付だとか数字などには関係なく、私の色を一目見ればその切迫の度合はわかると思います」とCさんが言えば、「ジャンケンだ! ジャンケンしようぜ!」とKさんが言ったが、「そんな決め方ならまるで意味がない」とRさんが冷たく言ったのだ。その時、「私は来週、舞台に上がるのよ!」という声がその場を瞬時に制圧して、それが最後の発言となった。それが今までよりも一段高いところからやってきた声であるとみんなが認め、それぞれが次に言葉をつなぐことを躊躇い、恥じ、恐れたようだった。冷蔵庫を覗き込む僕の肩をかすめて、その声のものは躍り出てきた。冷気を一身に集めたようなその迫力に押されて、僕は気を失ってしまった。香ばしさが僕の目を穏やかに開かせた時、熊が振るフライパンの上で豪快に米が舞っているのが見えた。

タグ:舞台
posted by 望光憂輔 at 01:53| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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