2011年02月22日

ドルトムント(75)

 何かのファンファーレが鳴り始めたかと思ったらそれは雨だった。雨が降ると話には聞いていたけど、実際に降り出すまでは信じられない節があって、その節の正体を突き止めるために、僕はまたコサルの旅に出なければならないのだった。いつからそれは、存在していて、いつから身の回りを取り巻き始めたのだろうか。
 いつものように何気なく本を広げた。物理的な旅と心の旅とが融合して、自分がどこかへ運ばれていく感覚が好きだった。最初の駅では比較的空いていた車内も、次第に混雑してきて、徐々に騒がしくなっていく。前の座席の真ん中辺りに座っている女の人が、音を立てて大新聞を広げるとそれは座席の端っこまでも広がって、前の座席に座っている人はやむを得ず全員が同じ新聞に眼を通しているのだった。紙面の賑わいに惑わされた僕は文庫本を閉じると千里眼を使って、向こう側の隅々にまで眼を走らせた。

 ロンドン予選は、ドルトムント(75)香川抜きで戦って地球を守り抜くのだ。「反響が大きく驚いた」と海上保安官は7年間の長旅を終えた小惑星探査機「はやぶさ」を出迎えて、東北新幹線(21)が開通、「ロナウジーニョを見せられるだろう」前人未到の旅を終えて、警視庁などの事情聴取にやべっちは「地球イチバン」でNHK初司会を務めることがわかった。今後はA代表に専念させる世界中の科学者が中国漁船衝突の太陽系の誕生の秘密に迫るドライトマトで味を調えて、美輪明宏さんらとスタジオでトークを繰り広げる。ジェノベーゼ(39)が流行語大賞にランクイン、一瞬のスピードで相手を置き去りにしたJAXA教授は「胸がいっぱい」と大きな捜査関係者への取材で永井が2得点、海老トマトクリームは熱による素材の劣化を抑える製法を用いて巧みなトラップで得点ランキングトップに池上彰さん(21)教えて浮上。他人の新聞を読む内に、現在進行形のニュースをざっと理解することに成功した。小惑星探査機が旅をした時間と距離、持ち帰った砂粒と自分の存在を比較すると、僕はその場で気絶しそうになったが、九町目を告げる現実の声がどうにか僕の身体を前に押し出してくれた。

 黄色のビブスを手にした僕は鬼であり、ボールを回す人々を追い掛け回した。パスが通った瞬間に駆け寄ってもその場にもうボールはなかった。そして、また次の人のところへ駆け寄るとやはりそこにもボールはなかった。ホールは常に人から人へ動いている。同じリズムで同じ法則で、ボールは回っていた。鬼もまた同じように同じ流れに乗って心地良く、ボールを追うように動いていた。それではいつまで経っても、僕が鬼だった。早く人間になりたい……。そう思ってボールにくらいついていく。パスが出されるコースに必死で足を伸ばす。けれども、一瞬先にボールは通過してしまう。流れを変えなければならなかった。どうにしかして一定の流れを断ち切ってしまわなければ、永遠の鬼から抜け出すことができない。もたもたしている間に夢をのせた鳥は大気圏を越えて、気の遠くなるような距離を旅をしていた。一瞬立ち止まったり、前に行くと見せて後ろに戻ったり、突然に速く動いたり、あえて片方を切るような姿勢を見せながら、逆に飛び出したりあるいはそうみせかけてやはり動かなかったり、そのような頭を使った何か、工夫した運動が鬼には求められるのだったけれど、相変わらず僕は鬼として、ルールが微妙に変容し始めるその合図の笛が鳴るまでの間、僕は鬼であり続けたのだった。ようやく人間になった時、僕は何本かのパスをつなぐことができた。けれども、やがてミスをして、すぐに鬼に、何度も鬼に逆戻りしてしまった。

posted by 望光憂輔 at 16:20| コサルビト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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