2011年03月10日

派遣チーム

「今日はどこが悪くて来られましたか?」
「昨日の続きでお願いします」
 昨日よりもリハビリ室は混み合っていた。ベッドが空くのを待っている人、座って治療している人、仰向けになって背筋を伸ばしている人。
 首吊り治療を受けている人の隣が空いていたので、僕は適当にかけて待つことにした。
「すみません。そこは操縦席になります」
 看護師さんが教えてくれた。やはり、間違えてしまっのだ。待合椅子と操縦席を間違えてしまった。
「えっ?」
 立ち上がろうとしたが手遅れだった。もう飛行が始まっていたのだ。

 手に巻かれた包帯に姉が気づいたのは、姉の車に乗って30分も経ってからだった。全身火ダルマ、あるいはミイラ男のように派手な変化を遂げていなければ人は人の異変にそう簡単には気づかない。別人が来ていたとしても、姉はしばらくは気づかなかっただろう。
「手で止めた時に」
「手を使ったら駄目でしょう?」
「キーパーだった」
「キーパーに変わったの?」
「たまたまその時にキーパーだった」
「どうしてたまたま?」
「色々とポリバレントなフリーターのような、派遣のような」
「派遣チーム?」
「そうではないけど……」

posted by 望光憂輔 at 17:46| 冬の包帯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月09日

10番

「この度は大変なことでございました」
 大変なことに慣れているように女は言って、見舞金をくれると言った。
 生きていくのはそれでなくても大変だ。折れていても折れていなくても、だからこれはそう特別なことではないのだ。

「あっ! 人が入っている」
 ベッドで電気を受けながら電話の声を思い出しているとおばあさんが入ってきて、大層驚いた。驚いたのはおばあさんの方だった。
「聞き間違えか?」
 おばあさんは訊いた。誰も答えなかった。
「10番じゃなかったか? 聞き間違えか?」
「そこは9番ですよ」
 今度は誰かが答えた。あれれ、そうかとおばあさんは笑った。
 ここに来るのは、みなお年寄りばかりだ。けれども、間違えるのは歳のせいではない。カーテンで仕切られた部屋と部屋、ベッドとベッドの間はとても狭くその境界線はとても見えにくいものだった。だから僕でも間違えて隣の番号の部屋に入りそうになるのだ。

 カーテンを開けて外に出た。次の治療を待つためパイプ椅子に座った。隣に杖をついた見るからに十代の少女が座っていた。老人ばかりのはずだったのに、歳を取ったのは自分の方だった。瞬時にして雪が降り積もったように、僕は年老いてしまった。少女は僕の横顔越しに壁に貼られた12月のカレンダーを見つめていた。

posted by 望光憂輔 at 20:51| 冬の包帯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月03日

冬の星座

 待合室を抜けて診察室に入ると椅子の一つに腰掛けた。荷物を奪われて、僕はまるで無防備になる。いつまで経っても先生は来なかった。待合室が少しだけ前進して、個室に変化しただけだった。他の患者の診察の気配がする。先生は一人で忙しく動き回っているのだ。机の上にたくさんの本が、そのほとんどは医学に関するものだ、とても熱心な先生なのだ。『よくわかる英会話』の隣には旅行の本がある。先生は旅行にいくのだ。一週間の正月休みを利用して先生は旅行に行く。ずっと本の背中を見ている。手に取って見ることはできないから。今、ここで与えられた仕事はただじっと先生を待っていることだ。先生の質問を想定して、正しく答えられるように、円滑に診察が進行するように心して準備しておかなければならない。

 無人駅に早く着いてしまい放り出されるのは嫌だった。だから、できるだけ鈍行列車で行きたかったし、羊たちの行列を待つため、タカシくんが給食を食べ終わるのを待つために、途中で止まってほしかった。そうでなくても、いちいち何らかの邪魔が入ってくれればよかった。けれども、不安の通りに列車は無人駅に着いてしまうし、暖房の入っていない無人駅はとても寒くて、じっと先生の到着を待ち続けていることは、とてもとても困難なことだった。
 好きなデザインの服が自分に似合うとは限らない。自分に似合わなければ、それはもう好きではなくなる。似合うかどうか、実際に着てみなければわからない。そのために用意されているのが試着室だった。僕は自分の好きな服を手にして、店の人に声をかける。店の人は、どうぞと言って、服からハンガーを抜き取ってくれる。僕は試着室の前で靴紐を解く。好きだった服を着てみると、垂れ下がった犬の耳のように袖が余ってしまい、僕はがっかりとして服を脱ぐ。すると脱いだ靴が、ターンして揃えられている。別の服を探しにいって、好きな服を手にして試着室まで持っていき中に放り込む。僕は靴紐を解かなければならない。好きだった服は、着てみると何かちぐはぐな感じがして、もう好きではなくなっている。僕は肩を落として服を脱ぐと、新しい好きを見つけに行かなければならない。何周か同じ通路を回ってようやくそれを見つけ出す。僕は靴紐を解かなければならない。好きになった服を着てみると、それは服を着たというよりも何か獰猛な野生動物に呑まれてしまっているように映る、それは鏡のせいではないはずだ。僕は靴の向きを変えて、気持ちを前へと運ばなければならない。今度は別の階に、好きな服を探しに行くのだ。気になった服を手にとって、店の人に声をかけると店の人はとても良い笑顔をしている。僕は靴紐を解かなければならない。気になった服に身を通してみると、何から何まで間違っている気がした。鏡に映る顔は、とても疲れていて彼に何を着せたところで結果は変わらないように思えるのだった。それでも僕はあきらめることなく歩き出したし、何度も試着室に通いつめた。徐々に時間の感覚が薄れていき、好きなものと好きではないものとの境界がぼやけていった。僕は、自分が好きかもしれないものを手にして、何度目かの試着室へ向かう。僕は靴紐を解かなければならない。好きかもしれない服を着てみるとすぐにそれは間違いだったとわかった。けれども、すぐに間違いだという自分の判断に自信が持てなくなって、鏡の中にいるもう一人の自分に向いて確認を取ってみた。どうやら間違っていることに変わりはないようだ。次の階で僕は好きではないかもしれない服を見つけたが、試しにそれを手に取っていた。好きではないようだが、それが自分に似合う可能性について気づいたからで、実際に似合ってしまえばそこから逆に好きになるかもしれないのだった。僕は靴紐を解かなければならない。好きでもないかもしれないを服を着てみると、全体的に何か冴えないのだった。改めてそれが好きではないことが確認されて、やはり好きではなくなった。迷宮の中を彷徨っているような気がしたが、いつでもそこから抜け出せる道があることはわかっていた。逃げ出すことを許さないのは、冒険者が背負っている宿命のようなものだった。手がかりも正解も、きっとこの広い店のどこかにあるのだ。無数にある展示と陳列の中に僕の好きなものはひっそりと埋もれながら、やがて見つけ出される時をじっと待ち受けていることだろう。僕は密集のハンガーをかき分け、長い眠りの中から一つの服に光を当ててやる。僕は靴紐を解かなければならない。何時間もが過ぎた。似合うとか似合わないとかよりも他に、何かがおかしい。僕が欲しいのはジャージではなかったか。それなのに僕は、違う種類の服ばかりを手にしては試着室に運んでいたのだ。根本的な間違いは、達成をより一層難しくしていた。僕は再び原点に戻ることに決めて、元の階に足を運んだ。これだと思う服を手に取って、僕は試着室の前で靴紐を解く。垂れ下がった犬のような耳、どこかで見たような気がするのは、最初に着た服を今もう一度着ているからに違いない。軍師の仕掛けた巧妙な罠の中で、僕は幻を見せられているようだった。

 先生は手首を掴んであらゆる方向に動かした。7度目の方向転換で、僕は顔を歪めてしまう。
「すごいねえ」
 先生は最初の診断を下す。

 白い骨に照明が当たる。先生はしばらくじっと見つめていた。
「見えるでしょうか?」
「僕には何も、何かが砕けているような様子は見えなかった」
 先生は冬の星座を教える時のように、指を写真の中のある一点に向けて伸ばした。
「骨折線が、ここに走っている」

 7つの吸盤が手首に巻き付いて厳しく音楽的な信号を、速やかな治癒につながる暗号を送り続けた。カーテンを開けるとリハビリ室ではまだ次の治療を受けるために何人かの患者が待っていた。僕は丸椅子に腰掛けて、待っていた。看護師さんがやってきて、手の形を取ってくれた。
 手首の部分が湾曲したギブスを装着して、手のひらから肘に向かって包帯が巻かれる。指先だけが辛うじて動く。
「これでは服を脱ぐのが大変ね」
 袖よりも腕の方が太くなったからだ。
「もっとゆったりとした服を着なければ」
 心ある提案がなされる。それは盆踊りに出かける時のような格好に違いなかった。今はまだ冬なのに。家に帰ったら、チーズを食べよう。毎日のように。


ラベル:ギブス
posted by 望光憂輔 at 14:46| 冬の包帯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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