2011年03月01日

普通ではない

 終着駅に着くまで窓に映る本を読んでいた。文字が逆になっているため、読みにくかったけれどあえて気にするほどのことでもなかった。直接的に読むよりも、一歩引いたところから読みたい気分だった。読むといっても勉強になったり、感動したり、筋書きを追ったりするような本ではなかった。そのような本はこの世にはないのだ。読むといっても、自分の好きなように言葉を変換して自分なりの自由な解釈に曲げながら読むのだから、窓に映るくらいの文体で充分なのだった。本を読みながら、窓に映る自分の姿を眺めた。けれども、自分の姿を眺めている他人の姿がないかと気になって集中できず、すぐに視線を逸らす。ページをめくろうとすると左手に激痛が走る。
 やはり、普通ではない。

 右手で茶碗を支え、左手で箸を取らなければならなかった。右手だけで食べるには机が低すぎた。茶碗を抱えずに済ますことはできない。傍から見ると、まるで右手の方を傷めているように見えるけれど、誰が見るというのだろう。そして、僕が本当は左利きだったということなど誰も知らない。
 僕はあの白昼、ミドルレンジから飛んでくる弾丸にジャンケンで言うところのパーを出して応戦したのだ。子供の頃からずっとチョキが好きだったけれど、いつ頃からかあまりチョキを出さなくなった。ジャンケンで勝とうという執着心が薄れ始めた頃からだったと思う。けれども、その時、僕はどうしても守りたい場所の前に立っていて、思い切り左腕を伸ばしてパーを出し、その結果負けてしまったのだった。その時の正解はグーでなければならなかったのに。
 箸ならば動かすことはできた。けれども、それ以上のことは無理だったし、それ以外のことは試してみなければわからなかった。
 骨に異常があるような気がして、チーズを食べた。

タグ:ジャンケン
posted by 望光憂輔 at 15:06| 冬の包帯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

レッツ・ゴール

「やりましょうよ」
 その時、僕はもう折れかけていたし、真っ白になっていた。自分の無力さ、一年間積み上げてきたと思ったものが、取るに足らないものだったように思えて、すべてがそういう繰り返しの中にあるような気がして、再開の輪に加わる勇気が湧いてこなかった。
「やりましょうよ」
 トムは、真っ直ぐにこちらを向いている。
「足りないんですか?」
 参加者は、程よく集まりつつある気配だった。けれども、彼は質問には答えなかった。
「やりましょうよ」
 まだ何もしていない。何もできなかった。やればもっとできるのに。
「やりましょうよ」
 心の傷を癒す一つの音楽のように腐りかけた僕の中に流れ込んくる。
「やりますよ」
 勿論僕はやるに決まっているでしょう。僕は何もできないまま終わることが嫌いなんです。たった一つでいい、生きた証しのようなものを持ち帰りたいんです。今日を生きたという思い出の欠片のようなものを手にしたいんです。 人数は僕を入れて11人で10人だったらピッタリチームになるところだった。けれども、僕はここにいるのだ。
 トムからのパスを受けて、僕はその日、唯一のゴールを決めた。

posted by 望光憂輔 at 13:23| 冬の包帯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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