2011年04月29日

抗議

 ゴールの余韻に浸り、歓喜の輪の中に入り込んだように浮かれ、リプレイされる香川選手のドリブルに見惚れていたのだった。
「そろそろ片付けないと間に合わないぞ!」
 現実の中の声が、直前のゴールを取り消さんばかりの勢いで響いた。
「もう片付けますか?」
「全部でなくてもこっちだけでも」
 ソファー側を残して、手前側だけでも、と大げさな手振りを交えて白いカウンターの向こうの人間が言っている。僕は全部を片付けてしまった。手前から片付けている内に、残しておく境界線がわからなくなって、体が止まらなくなってしまったのだ。間に合わないという忠告とは反対に、随分と時間が余って困ってしまう。
 そして、一人が、四人目の交代選手が間違って入ってきたように、遅れてやってきた。戦争犯罪者を迎えるようにして出迎える。
「いらっしゃいませ」
「何が一番早いのですか?」
 罪の軽減を求めて罪人が伺いを立ててきた。
「揚げ物です」
 僕は指示された通りの答えを返す。
「肉じゃがコロッケだって!」
 たった今、水死体が発見されたように、男は顔をしかめ冷凍庫のドアを開ける。
「PKだ! PKだ! PKだ! 」
 朽ちかけたテレビの中で、同じ言葉が繰り返されている。

posted by 望光憂輔 at 01:00| 冬の包帯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月28日

骨折

「どうしたんです?」
「ジャンケンに負けたんです」
 左手に巻きついた白い物が人々の注意を引いて、何度も話しかけられる。
「えっ? ジャンケンに負けて骨折したんですか?」
「全治一月です」
 物事を正確に伝えることは、いつも難しい。人々が正確さを望んでいるとは信じ難いからだ。
「えっ? 一月で治るのですか?」

posted by 望光憂輔 at 00:22| 冬の包帯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月27日

ショッピング

 いつの間にか雪はとけてしまって、僕は一人に逆戻りしてしまった。
「いらっしゃいませ」
 一度としてそう言われたことのない店で、僕は新しい包帯を探す。今度は、自分一人で巻かなければならない。素材、太さ、長さ、耐水性、豊富な選択肢の中から自分に合った包帯を選ぶことは、簡単なようで難しいことだった。どれでもいいと思える中から、どれか一つを手にすることはいつも難しく、そのせいでどうでもいい場面で、無駄に時間を浪費してしまうということがよくあった。迷いを断ち切るためには、何か一つの閃きのようなものが必要だった。それは求めに応じて訪れる時もあれば、長い時間の果てに遅れてやってくる場合もあった。
 ようやく一つの決断をする時がきた。巻けば巻くだけ勝手にくっついてゆく、僕はその包帯を手に取ってレジに向かう。
 僕は何を食べて生きてきたのだろう……。
 いつも、逆戻りした時は、わからなくなる。

posted by 望光憂輔 at 21:17| 冬の包帯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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