2011年05月31日

24時間ルーレット

 コサルに出かけた次の日には、洗濯に出かけた。家から歩いて15分ほどの場所にあるコインランドリーに歩いて出かけた。自転車は遥か昔に盗まれてしまって、それから戻ってこない。けれども、歩くことが好きだ。自転車に乗っていると速く進むことができるし、より遠くに行くことができるかもしれないが、ドリブルの練習をするなら歩いた方がいいのだ。前からおばさんを引き連れて歩いてくる黒犬に向かって、僕はボディフェイントを繰り出す。僕は右へ行くのに一瞬左に行くような素振りを見せたので、それにつられて犬は一瞬ステップを崩した。少し怒ったような顔をして、くるりと回って散歩道に戻って行った。24時間、いつでも僕はドリブルのことを考えることができた。ボールのない場所でも、コサルのない1日でも空想することは自由だった。
 いつでもいる管理人のおばさんは、今日は姿が見えなかった。1週間分の洗濯物を詰め込んで、喫茶店の前に行くとまだ5時にもなっていないのに今日は店が閉まっていて、交差点近くの珈琲館まで歩いた。店に入り、見つからないように身を潜めていると店の人が注文を取りに来たので、やむを得ずホットココアを頼んだ。数分してココアが運ばれてくると表面には白いクリームが浮んでいて、スプーンでかき混ぜるとそれは自然と液体の中に混じってなくなっていった。けれども、完全に消えるのではなく、少しだけ、クロスバーに跳ね返って幻となったゴールの未練のように、溶け切れずに残って浮いているものがあった。唇をつけると、それは唇にくっついてしゅわしゅわとした。ココアは数分経っても熱いままで、一口含む度に体の中が温かくなった。
 ランドリーに戻るとやはり管理人はいなかった。いつもいるように思っていると、いないところが目立つ。昨日は確かにたくさんのゴールを決めることができたけれど、それはたくさんのチャンスに恵まれていたからで、突然上達したわけではないのだ。その証拠に、ゴールと同じ程のシュートミスをしたのだし、ゴールと同じ程のあるいはそれ以上の数のチャンスを潰しもしたのだから……。100円玉を入れるとゆっくりと乾燥機が回り始めた。遠くから廃品回収車が不用品のリストを読む声が聞こえた。
「CDラジカセ、プレイステーション、洗濯機……」

ラベル:ココア
posted by 望光憂輔 at 19:57| コサルビト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

何も言わずに

「いつまでも居てもらっては困る」そう言われて、いつまでも居ていいと思っていた僕は戸惑った。兄や姉とは違って、僕だけが何もできない存在であることが、ずっと後ろめたかったのだけれど。「お風呂を入れてくれ」誰に対して言ったのかはわからなかったけれど、誰も動き出す気配がなかった。せめて、それくらいのことを僕がしなければならないように思った。そのような立場であることをずっと思っていたのだ。けれども、僕はそうする代わりに、自分の家を飛び出した。いつまでも、自分の家ではないのだから。もうそうではなくなってしまったのだから。何も言わずに。
 やたらと僕にちょっかいを出してくるその子は、訊くと評判のいい子だとか。僕の前ではそうではないようだが、評判とはまるで正反対のようだが、それは僕が悪いのだろうか。僕の見る目がおかしいというだけのことなのだろうか。机の上に深い傷をつけて、禁じられた言葉を刻みながら、その子は楽しそうに笑っている。大丈夫、僕は何もしてないから。これをやったのは、全部キミだよ。キミに無理強いされて、僕は仕方なくやったんだからね。いったいいつ? 僕はその子からナイフを取り上げた。どうするの? 刺す? キミって酷い奴だね。その子は笑っていた。僕はもう少しで本当に酷い奴になりそうで、けれども、そうなる代わりに、僕は逃げ出していた。何も言わずに。
 モーニングはうに納豆にゅうめんをみんな食べていた。僕の前に座っているのは誰だろうか? アイスコーヒーを飲みながら考える。僕が後に来たのに先にアイスコーヒーを飲んでいるのではないかと心配になりつつ、視線の先に名札があって、乾と書いてある。誰かがそう呼んでいたことを思い出した。うに納豆にゅうめんがやってきた。色々と入っている。豆腐やキャベツやプチトマトが浮かんでいた。一口食べて、苦しくなったので、乾さんにあげて僕は席を外した。期限の切れた雑貨の在庫を調べた。今しなくてもいいことだったけれど、僕はそこにしゃがみ込んでなるべく長く留まりたかったので、熱心に日付を確認して、無意味に並べ方を変えたりしていたけれど、そうしている間にみんなはすっかり食べ終わり、僕を待っているようだった。「大会に遅刻するぞ」みんなはそれぞれタクシーに分かれて出発したが、僕は次のに乗りますと永遠に言い続けて、みんなが消えてゆくのを見送って、バスに乗って家に帰った。
 父は死んでいて、近所の島さんと結婚していたのだという。母の立場はどうなるのだろう。島さんの子供は僕より2つくらい下で、小さい時までは一緒によく遊んだものだったけれど、だんだんと大きくなるにつれて子供の領域も複雑になり、ただ近いというだけでは遊べなくなった。ある日、ヒロくんは僕の大事なゲームを抱えて遊んでいた。彼がエイリアンと戦っている間、僕は忍者刀を持って、天井裏の妖怪と戦っていた。「こっちは僕に任せろ」僕は悪い妖怪たちを一人残らず切りつけて、切りつけられた妖怪は、みるみる縮んで色とりどりのグミになってぽたぽたと落ちた。大人しい妖怪や礼儀正しい妖怪は、そのままそっとしておいた。「やっつけたよ」僕たちは共に勝利した。「いくよ」僕は天井からヒロくんに向けて忍者刀を放り投げた。けれども、それはヒロくんの手をすり抜けて、ゲーム機を突き刺した。壊したのはヒロくんではない
。僕の投げた忍者刀だ。もしかしたら、その日が僕たちの最後だったのかもしれない。あの頃には他にも大勢友達がいたのだった。見知らぬ人々が黒い身なりをして集まってきた。近所の人たちかもしれない。早く、知った人が来てほしいような、来てほしくないような、僕の心は迷っていたけれど、死んだのは母の方だと聞かされて、その場に崩れ落ちてしまった。


ラベル:エイリアン
posted by 望光憂輔 at 02:33| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月27日

こいのぼり

 トイレに行ってくると言ってスギは行ってしまい戻ってこない。来ないんじゃないかな。兄ちゃんは、早起きして待っていた。朝の6時からビールなんかを飲み始めて。僕にも少し、ちょうだい。何だか変な味だけど、こんな早起きも少しは悪くないか。スイッチの切れたコタツに潜り込んでテレビを見る。こんな時間から映画をやっている。それはフランス映画。女が手を振っている。
 独自のやり方で解くことが好きだった。公式なんかには当てはめずに、他人とは違う角度から解決に当たる。「私が最初に解いてみせるから!」と言って自信ありそうにいつも笑っていた母の手紙が置いてあった。一枚目は遊びについて、二枚目は勉強について、三枚目は体のこと、四枚目は家族について、五枚目にはさよならと書いてあった。さよならなんだ……。それがわかってもう一度一枚目から読み直す。一枚目は遊びについて、さよなら、二枚目は勉強について、さよなら、三枚目は体のこと、さよなら、四枚目は家族について、さよなら、そして、さよなら。
 マンションの五階から階段を使って下りる。四階の部屋の一つからはずっと Someday が流れている。一階にたどり着いても、Someday は流れている。謎の女が突然くしゃくしゃの紙を僕に手渡し、何も言わずに去っていく。「だめだ。これだけじゃあ、何もわからない」女は信号の色に紛れて逃げてしまう。僕は夜の向こうに流れてくる Someday のメロディーを手掛かりにして女を追いかける。ブティックの窓に映る僕の横顔は、いつの間にか昔のような子供ではなかった。ここは、僕の知らない街だ。女を、母を追う内に僕は冒険者になった。坂道を上る自転車に手を伸ばした瞬間、僕の足は浮いていた。「待て! 母はどこだ?」その時、僕はこいのぼりになった。いつまでも自転車の後ろにくっついて、鱗に冷たい風を受けながら、ひらひらと決して離れることなく泳いでいったのだ。女は振り返らなかったけれど、その背中は確かに追いすがる者を認めて、振り落とそうとしているのがわかった。坂道を終え、加速が増した。繰り返される蛇行に惑わされないように、僕は目を閉じる。不安定になっているのは彼女自身だし、僕はただ食いついて離れないのだ。諦めて口を開くのは、彼女の方なのだから。僕はもう寒さも、怖さも、痛さも感じない。千切られても引き裂かれても、執念の風を受けながら、永遠に泳ぎ続けるのだから。いつまでも、いつまでも、増殖を続けるさよならの泡を追って、いつの日か、いつの日か……。黄色い信号を越えて、彼女は突然振り返った。僕は驚いて人間に返ってしまった。みるみる彼女は離れていった。何かが彼女と接触して、彼女の悲鳴が、随分遠くで聞こえたのだった。

ラベル:someday
posted by 望光憂輔 at 02:43| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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