2011年05月24日

カバ

 眠くなったら音楽だよとサイドーカーに乗った父が言い、ラジオをつけると落語家はそばを食べている。「うまそうに食べるな」と麺好きの父。
 とてもおいしそうに見えるのは照明のせいもあるのだろうか。「私、この女の子と食材と両方持ち帰りたいわ」と笑いながら、サワさんはレシピ本を閉じた。
 焼き芋を1つくださいと言うけれど、「私はカバですよ」と冷たく断られてしまった後で、ひどい雨が降ってきて雨宿りをする。どれにしようかな。折り畳まれた傘、柄にシールの貼られたままの傘、透明なクローン傘……。廃墟の前には無数の傘が置き去りにされて、どれでもどうぞと直立している。どれにしようかな。その1つに手を伸ばしてみると、水が滴り落ちて驚く。今まで感じなかった人の気配が開いて眩しくなった。廃墟ではなく、ここは病院の前である。窓に明かり、この傘はきっと忘れられているのではない。まだ温かく、同じ持ち手を待っているのかもしれない。「焼き芋を1つください」僕は、引き返してもう一度同じように言った。「私はカバですよ」と彼も同じように言ったけれど、背中から煙が立ち上がっているのが見えるのだった。なんだ、やっぱり焼き芋屋さんだった。

タグ:焼き芋
posted by 望光憂輔 at 00:56| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月23日

海鮮

 ラーメンとご飯が僕のために用意してあるのは、友達が勝手に頼んだからだ。見知らぬ人に囲まれる中で、僕は箸を取らなければならない。みんなが見守るテレビ映画の中、鮫が徐々に登場するようなテーマ曲が流れて、今にも鮫は登場しそうだったが、鮫はなかなか登場しない。ドロドロに濁った海には、イカ、タコ、人参、キャベツ、鶉の卵などが浮かんでいて、僕の箸を重くしている。友達は僕を待っている。スープを口に含むと温い。すっかり冷めて。味気なく、口の中を侵す。徐々に人々の期待の波は高まって、曲調も速まって、いよいよ奴は登場しそうだが、やはり奴は登場しない。ドロドロに濁った海には、イカ、豚、葱、木耳などが浮かんでいて、僕の箸を重くしている。友達は僕を待っている。スープを口に含むと温い。「うまい」そうだ。「うまいのだ」と言い聞かせて食べなければ、とても食べ切ることなんてできないのだ。みんなの声が聞こえる。「うまい」そうだ。いよいよ海面から怪物は顔を出して、鋭い眼の輝きを見せながら、巨大な口を開いて、一気にドロドロに濁ったチャンポンを呑み込んでしまうのか、と誰もが思いながらテレビを見ているけれど、なかなかそれは姿を現さないのだった。イカ、竹の子、白菜、なると、そして、種々のキノコで海は賑わい、また、繰り返し音楽が流れる。そのドロドロの海の中に、僕はもうすぐすべてをぶちまけるだろう。友達は椅子にもたれて僕の終わりを待っている。


タグ:チャンポン
posted by 望光憂輔 at 21:38| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月20日

毛布

 受話器を取るけど、相手の声はまるで聞こえない。僕はまだヘッドホンをつけたままでスティーブン・タイラーの声しか聞こえないので、そのまま無言電話になってしまった。大切な電話だったらどうしようか。だから、このことは誰にも言わないでおこう。もしも、そうだとしたら、もう一度かかってくるだろう。その時に、僕はもう出なければいい。けれども、一度きりの電話だったどうだろう。一度きりで見切ってしまうような相手だったらどうだろう。それなら話はおしまいだ。
 押入れの前には机があり、椅子があり、枕があり、刀があり、バリケードになっているのだけれど、どんどんどんと音がする。ネズミ等小さな動物の立てる音とは明らかに違う、明確なリズム、メッセージを伴った音であることが、僕と兄にはわかったのだ。わかってしまった途端にそれは、大人には相談できない恐ろしい葛藤となってしまった。音と共に扉は揺れていて、扉に描かれた雲と雨と竜とおじいさんの絵も一緒に揺れていたので、もう少しでおじいさんは魔法の杖を落としてしまいそうだった。もしも、そうなったらもう竜を抑える者は何もなくなってしまう。「どうする?」お互いに質問を投げ合った。質問と質問が眼と眼の間を木霊する。誰かいる。わかったことを言ってみても、事態は何も進まないのに。兄の瞳に現れた輝きには、新しい遊びを考え出す時のそれとは違う水分が含まれているように見え、僕の鼓動は速まったけれど、どこかそれは笑っているような音でもあった。誰かいる。それは鬼か。もしも、そうなら絶対に開けてはならない。けれども、困った人だったらどうする? 困った人がこんなところに突然やってくるということがあるのだろうか。そんなこと、わからない。「どうする?」再び、僕は投げかけた。兄は、毛布を持ってきて押入れの前のバリケードに被せた。僕も毛布を持ってきて、押入れの前を覆うように被せた。どんどんどん……。音が、少しだけ遠退いた。それから、家中にある毛布を探して持ってきて、重ねた。最良の解決策であること。僕らは信じ合い、毛布を重ね合い、音はだんだんと薄められていった。やがて、覆われた世界の向こう側で、カタンと音がした。老人が杖を落としたような音が、最後にした。

タグ:魔法の杖
posted by 望光憂輔 at 18:09| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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