2011年05月17日

風化

 降りそうで降らないような、それは持ってこいの天気。恐らくは降らないだろうけれど、人を躊躇わせるにはちょうどいい雲の集まり。降ってしまっても、別に構わないのだった。ずっと降り続いているのでなく、ある時ついに降りだしてしまうなら、それは構わない。もしも、それが終わりの10分くらいだったら、もうそれは、そんな別れの雨ならば歓迎の雨でさえあるのだ。けれども、雨は降らないだろう。何かが僕を呼んでいるような気がして僕は家を飛び出した。2番線に入ってきた電車に間に合ったおかげで、余裕のある時間に目的地にたどり着くことができた。階段を上るといつもの夜が顔を出し、空を見上げると、北の方から強い風が吹いた。僕を呼ぶのは風だけだった。

 風の中のピッチに生まれて、僕は3歳で最初のゴールを上げた。人生は上々だ。きっと、桜色の人生が、僕を待っている。けれども、その後特に良いことはなかった。走っても走っても、追いつけないボールがそこにあった。時にボールを持てば、すぐに失うことの繰り返しだった。守りに回る場面も多かった。長い辛抱の果てに、ようやく回ってきたボールを前に繰り出そうと前進を開始した、まさにその瞬間にボールは奪われてしまった。それでも、何度かチャンスは巡ってきた。けれども、僕のシュートは、3歳の時に放った鮮やかなシュートのように枠を捉えることができなかった。僅かに枠を逸れ、バーを叩き、あるいは力ない弾道で容易くキーパーの手の中に納まってしまった。仲間を助けようとパスを試みたけれど、それは味方の遥か前を先走るか、既に通り過ぎた無人のスペースへ出されたため、チャンスを潰すだけとなった。キープを試み、ドリブルのチャンスを窺いもしたが、接近する人のプレッシャーに勝てず、それは後ろ向きのドリブルとなったため、ゴールへとつながる可能性は皆無だった。気がつけば長い歳月が流れ、僕の頭はもう真っ白に染まっていた。いくらでも、取れると思われたゴールは、生まれて間もない頃に取った1点だけとなっていた。
 あれは本当に、僕のゴールだったのだろうか……。今ではもう夢の記憶のようにぼやけているのだった。

タグ:ドリブル
posted by 望光憂輔 at 14:09| コサルビト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

後ろ髪

 張り巡らされた配線の間を女は歩き回って光の粒を集めていた。「いいからやめておいて」と僕は言った。「危ないからそっとしておいて」と僕は言った。けれども、女は「大丈夫だから」と聞かなかった。少し集中を切らしながらも、僕は机に向かって残りの課題と未解決の研究に没頭していたのだった。「あるじゃない」と女は言った。どうせ違うことなのだから、僕は聞こえないふりをしていたけれど、「あるじゃない、これじゃない」と女は言うのだった。「ロケットならここにあるじゃない!」と確信めいて言うのでとうとう僕は言い返さなければならず、「そんなのはもう誰も使ってないよ! 古いんだよもう!」と大声を出した。すると女は、ロケットを手に持ったまま、配線に躓いてしまったので、瞬間切れて、画面は真っ暗になってしまった。「だから、言ったじゃないか!」金切り声を上げて、罵り、呪うように睨みつけた。女は僕の母だった。
 真っ暗になった画面の向こうで女は男の後ろ髪を撫でて、ふーっと息を吹きかけるのが見えた。「今日はどのように切るの?」と鏡を通して男が問いかけていた。順調に伸ばしていくためには、ここで適度な手を入れなければ美しくは伸びないと男は主張した。「今は、伸ばしている途中なんだよね」と男は言った。男の髪はとても長い。特に前髪は文句の多いおみくじのように長く、揺れていて、その隙間を選ぶようにして眼が覗くのだ。その顔の体裁を見ていると、違うとは言えなかった。「キミの魅力を損ねているものの2つについて言えば、1つは笑顔だ」と男は言った。「もう1つは何かと言えば、それは歯の艶なのだよ」と男は言った。それから、これを使いなさいと言ってどこにも売っていない歯磨き粉を出してきたので、僕はその場でお金を払おうとしたが、男は後でまとめて払うようにと言いながら、更に少し前髪を伸ばした。
 芸能人の俳句や川柳などが張り出してあるのを眺めていた。向こうの方で芸能人が来ていて、たくさんの警備員が忙しく動いていた。急に周りが静かになったと思ったら、会場の片隅でぽつんと一人大物の政治家がパイプ椅子に座っていることにみなが一斉に気づいたのが原因だった。明日はこちらで句会が開かれますとのことだった。明日か……と迷いながら僕は、真昼の太陽の下を歩き出すと、「袖がもさーっとしてるね」と少しだけ若い女が話しかけてきた。僕は足も止めずに笑い返すのが精一杯だった。突然だったので、何をどう話せばいいのかわからなかったのだ。「他の人はみんなしゃーっとしてるよ」と女は遠くを指した。エレベーターの中で僕はまだシャツのことについて考え、新しいシャツを買うことなどを考えていた。1階に降り、赤シャツの男とすれ違ったが、その袖は肘を越えて捲り上げてあった。

タグ:ロケット
posted by 望光憂輔 at 02:35| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。