2011年05月18日

ふわり

 口の中に冷たく入る雨。それが時にはあられに変わった。地上では母と小さな女の子が手をつないで信号を待っている。「あられだよ」おそらく声に出して未知との遭遇を祝っているのだ。少しだけ地上に下降すると、タクシーの運転手がフロント硝子越しに僕のことを好奇の眼で見上げ、少し心配そうにアクセルを緩めるのは、僕の身を案じるというよりも僕が落下することによる接触そのものを恐れているからなのだということが、僕にはわかる。ワイパーの起こす風に飛ばされるように、僕はまた舞い上がる。またどんどん高く上昇してしまう。僕はいつも高度をコントロールすることはできないのだった。高ければいいということも、安全だということもないし、逆に危険だというほどでもない。ただ、地上から、人々から遠くなっていけば、それだけ人目につきにくくなるということはあった。冷たい雨のせいか、なんだか街が透明なアイスのように見える。上昇が止まらない。あまりにも高く遠く地上から離れてしまえば、越えられないものを越えてすべてが過去のことになってしまうような妄想に捉えられ、その時僕を包んでいるものは風だけなのだった。川に近づく。川沿いを歩くのはサンチュだった。眉の形が見えるほど、僕はまた下降している。「飛んでるで。あの人」と失笑を誘い、僕はまた上昇して、川の周辺を旋回した。「おいおい、飛んでるで。大丈夫かいな?」サンチュの後ろに歩いてくる見覚えのあるシルエットは、Kおじさんだ。僕は遠くから飛びながら頭を下げたが、勿論Kおじさんにはわかっているのだと思う。川沿いに短い下降、のち長い上昇が始まる。近づいた瞬間、まだサンチュが笑っているのがわかった。後ろを振り返るとサンチュもKおじさんに気がついたようだ。「なんや、知り合いかいな!」そんなことを言っているのだ。「あの子は、いつも遅れてくるのです」そんなことを言っているのだ。地上には奇妙な偶然がいくらでも落ちているけれど、それを見つけるのは飛んでいる間なのかもしれない。僕は疲れてはいなかった。けれども、もう夜だった。


タグ:タクシー
posted by 望光憂輔 at 01:59| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。