2011年06月21日

ふすま

 豚肉がね、たくさん出てくるんだ。もう炒めないとと炒め終わると更に古い日付のついた豚肉が出てくるから、それもフライパンに入れて炒めるんだけど、炒め終わるとまたもっと古い日付の豚肉が出てくるから、もうフライパンがあふれてしまってね、それはいいんだけど、私手首が悪いからねとお婆さんは熱があるようで、僕は検査室へお婆さんを連れて行こうと思った。かつて検査室だったところに行くと、今は病室に変わっている。「マフラーをジャーに入れて温めておいてね」所々で、もう冬の支度が始まっているのだ。私も支度を手伝いますとお婆さんが言うので、僕はお婆さんとそこで別れた。
 病室は細かくふすまで区切られていて、一つ一つ開けて僕は自分のいるべき場所を探したがなかなかそれは見つからないのだった。昔いた患者の姿が一人も見えないというのは腑に落ちない。みんな一斉に退院してしまったのだろうか。それとも……。ごめんなさい。横たわる布団に包まれた人の脚を時々踏んでしまう。布団だと思って踏んでみると、そこは意外なほど伸びた脚の一部だったりして、不覚にも僕はそこに全体重を掛けてしまう。また一つ、ふすまを開けて次の病室に進む。そこは既にさっき訪れた病室で、白タオルを頭に載せたおじいさんが、虚ろな眼でじっとこちらを見ている。ふすまを静かに閉めて次の部屋に、そしてまた次の部屋に、また次の部屋にも僕の居場所はなかった。もう僕は退院しているのだろうか? ふすまを開けて、その部屋模様は確かにまだ一度も訪れていない病室だった。僕はもう回り疲れていた。布団と布団の隙間に足を取られて、転倒したまま沈み込んでしまった。ちょうどその形が、布団の中で眠る女と添い寝しているようで、その時、勢いよくふすまが滑り開き、顔を上げると長身の看護師が体温計を手にして立っているのだった。「何をしているのですか?」検査室はどこです? その答を聞かない内に、僕はふすまを開けて次の場所へと逃げ出した。何かが僕の背中に向かって投げつけられた。シュルシュルと風を切るような音が迫ってくる。

posted by 望光憂輔 at 03:38| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月17日

滑り台

 英語の教科書の裏に伝言が貼られていた。20時30分ゆく年くる年。また国語のノートの裏には23時15分公園前集合。また何でも帳の裏には22時45分秘密会議とやはり小さな紙切れで伝言が貼り付けてあるのだ。先生が入ってきて、御託を並べているが、僕は引き出しの整理に忙しい。うっかり他の伝言を見落としてしまっては大変だ。話をあたかも聞いているように顔だけを上げながら、指先でノートや教科書をくまなく当たり読み取った。「何をしている? 何か落ち着かないな」背中に虫が入ったのです。つまり、この引き出しの中ですが。教室を出るともう夜の階段がかかりはじめている。
 橋の上を歩いた。男たちの背中では無数の蛍が明滅しながら、道行く人々に時の流れを知らせている。冬の間、蛍たちはいつもそこにいる。悠々と僕は橋を抜けて、市街地を歩いた。汗一つ流すことはない、鼓動だって少しも乱れることはないのだ。人々が同じ方向に流れている、きっと同じ目的を持ち、それが何かはわからないけれど、ある一つの場所を目指して歩いているのだろう。けれども、少しも急いではない。ゆっくりと。高架下を潜って、見慣れた場所に出た。どこかで見慣れた。マスター。「こんばんは」やあ、久しぶり。「10キロ歩かないといけないんです。24時間テレビでね」そうか。学校から、ここまでで5キロはありますか? 優にあるさとマスターは言って、その後で「さあ、あるだろうねえ」と言った。僕はそろそろ引き返すことに決めた。川沿いの道では、後発の後輩たちの多くがばてて座り込んでいたりしたので、僕はその道を少しだけ避けて、少し浮遊した姿勢を保って、けれども足を動かすことで歩いていることの一部だとした。公園のベンチで一休みしていると「先輩出ないのかな」という声がした。出るつもりはなかったけれど、僕のこと知っている、気にしている奴がいるとわかり気が変わり始めた。後輩の隣に、空いているブランコに座った。「出てみようかな?」出た方がいいですよと後輩は言った。「滑り台ってどんな技だったかな?」それは水泳ブランコの高度な技の一つだった。「こういう感じですよ」と後輩はブランコを漕ぎながら、片手を放して半円を描いてあえなくバランスを崩して転倒しそうになるが、ほぼ理解することはできた。「こうかな」僕はブランコの上、一度で滑り台を成功させた。「出るよ」引率団につれられて、僕は再び川へ戻る。大勢の人が大歓声で迎えてくれた。人々の背中を通り抜けて僕は六番目のチームに組み込まれた。先生が出場選手を決める。一人一人の顔色を見ながら、返事を聞きながら決めて行くのだ。「おまえはどうだ?」とついに僕のところへも来た。「まあね」と言うと先生は僕に補欠のカードをかけた。「いや、やれば自信はありますよ。でもプレッシャーもある。だけど、みんなそうでしょう」先生が僕を選ばなかったことに失望し、それ以上に選手がみんな出られないということに怒りが湧いてきた。「言ってくださいよ! 先生、みんな出られるように言ってくださいよ」けれども、先生はため息をつきながら、自分の靴の先を見つめているだけだった。

posted by 望光憂輔 at 01:28| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月16日

サファリサッカー

 サファリランドでは日本代表の選手が檻の中に閉じ込められてアルゼンチン代表と戦っていた。がんじがらめの鉄柵の守りはアルゼンチンの巧みなドリブルや強引なドリブルや変幻自在のドリブルを何とかして凌ぐために立てられたフォーメーションのように思えた。すぐ近くまで車を走らせて、アルゼンチンの数々のドリブルを間近で眺めた。興奮してヒョウやライオンたちが集まってきている。彼らはどちらのサポーターだろうか。助手席に座る友達が窓を閉めた。試合はすべて日本の敷地内で行われているようだった。そのためアルゼンチンのピッチの中にキリンやシマウマが侵入して見守っているのだが、飼育員は笛を吹こうとはしないのだった。笛が鳴って、アルゼンチンにフリーキックが与えられた。メッシが蹴ったボールはキリンの首のようにぐーんと伸びてチーターのターンのように急速に曲がり、ゴール右隅に突き刺さった。カワシマは鹿のように動かなかった。決まったかと友達が言った。鰐川通りを回り、ふれあいの里を走り抜けて、学校に戻る。「ねえ、ブレーキってどれだっけ?」急にブレーキがわからなくなった。足を伸ばしても、何もない、または届かないのだった。駐車場に止められた細長い車の後ろにゴツンとぶつかり車は止まった。降りて衝突した部分を確かめた。「わかるかな?」銀色の直線の中で、真ん中の部分だけ猿の尻のように赤くなっていた。帰りは友達と運転を代わった。

posted by 望光憂輔 at 02:30| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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