2011年06月10日

さあどうぞ

 押し出されるように電車に乗り込むと、読みかけの本を開いた。本の間にはしおりが挟んであったが、昨日自分が挟んでいた場所よりも少しだけ過去に遡って、何者かによってしおりは押し戻されているのだった。同じところを数ページ読んでいる間に、そのことに気がつくのだがいずれにせよ読んだ瞬間にそれは抜けて行っているのだから、自分が何を読んでいてもどこまで読み進めていても、それはあまり関係のないことだった。閉まる寸前のところで、スーツを着た男が駆け込んできて、息を切らせながら僕の隣に座った。大人になってから走るとしたら、泥棒を追いかける時、電車に駆け込む時、そしてマラソン大会に出て走る時以外には考えられなかった。

 階段を上がるとすっかり夜で、行き来する人の向こうから男が名刺を持って駆け寄ってきた。男は、名乗りもせずにただ「どうぞ」とだけ言って僕にやけに分厚い名刺を手渡したのだけれど、その白い表面のどこにも名前や文字のようなものは見当たらず、中を割ってみると出てきたのはティッシュペーパーなのだった。自転車がキーキーと車輪を鳴らしながら傍を通り過ぎた。ずっとキーキー言っているので、ベルを鳴らす必要もないくらいだった。

 コサルの授業が始まると鬼が追ってきたので、ボールを取られないように必死で走って逃げた。みんな鬼になるのが嫌なようで、必死で走って逃げている。鬼は鬼なりの立場があって、逃げ惑う人々を追いかけて一刻も早く鬼の役目を全うして、人間になろうと走っているのだった。鬼ごっこが終わると、もう敵も味方も鬼も人も関係なく、みんなどこからともなく集まったコサルの仲間なのだった。その証拠に、水分を取るためコートの外へ出る人のためにネットを持ち上げて支えてくれている人がいる。コサルの人々が次々と通り抜けるその間中、ずっとネットを持ったまま、人の流れが完全に途絶えるまで待っているのだった。「さあ、どうぞ。」

 シュートは、速度もコースも甘く、なのにキーパーの股を抜けて早くも1ゴールを上げることができた。その日は、そのようにして何となく運が良くて早い時間に3点取ることができたのだったが、その後自分の力で目前の障壁を越えてゴールを決めることができなかった。惜しいボレー、惜しいトラップ、惜しいキーパーとの一対一という状況を後少しのところで越えることができずに悔しい思いの方が強く残った。1点も取れない時は、ただ1点とだけ思うのに、取れば取ったでもっともっとという欲望が生まれる。その日、僕はもう1点が欲しくて仕方がなかった。前半の3点の中に、納得のいくゴールがなかったためかもしれなかった。

 四丁目駅のエスカレーターを下りるとプラットホームは壁に覆われていて、何者も落下できないような形になっていた。いつからか今のような形になっていたのだが、正確にいつからかは思い出せなかった。壁の中には数メートルおきに開閉式の扉が作られており、それはちょうど電車の扉の位置と重なるようになっているので、電車が到着し完全に静止するのを待って、扉が開くとそこから安全に人が乗り込むことができる仕掛になっているのだった。そのため、電車の側面にどのような落書きがあっても、それに対してああだと言ったりこうだと言ったりすることができなかった。(胸トラップまではよかったのだが……)胸の中で反省会をしていると、胸を隠しながら電車が流れ込んできた。「さあ、どうぞ」と言うように扉が開いた。

ラベル:コサル
posted by 望光憂輔 at 14:21| コサルビト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

降下した

 引き出しを開けておしっこしてしまった。ハンカチがたくさん入っているからそこですべきだと思ったけれど、済んだ後で本当はトイレでするのが本当だと思ったし、母もそうですという顔をしていたのだった。バカ殿さまを見ながら、パンツを履き替えていると兄が、島から親戚の人たちが来たぞというので、僕は地下鉄に乗って逃げた。
 森の駅で乗換えのために降りたホームで人々はどこにも歩き出さず困ったように停滞していた。さて、どこに行ったらいいでしょうというように女同士で相談している者もいた。乗換えのための案内も矢印もなくホームは腐った学園祭の準備のようだった。仕方なく僕は一つの階段を選んで降りてゆくことに決めたが、そこは薄暗く細い通路で、誰も入っていかないし、僕の後についてくる人もいなかったけれど、僕はゆくことに決めて降りて行った。崩れそうな細い階段を降りていくと扉があり、開くと鳥の悲鳴のような嫌な音がした。所々にトイレの表示があったけれど、実際にはそれはどこにも見当たらず、続けて階段を降りて行った。木の一本が折れた。そこから下に落ちることを思ったが、それは完全に折れたわけではなく途中で止まったので助かった。また扉を開けて、次の階段を降りた。降りながらぐるぐると回っている。ほのかに明滅しているような薄明かり。誰一人いない。細い階段を踏む苦しげな音だけがしている。また一つ、階段を降りて次の深さに達すると店らしきものが現れ、そこにはガムやタオルや鉛筆や虫篭や漫画のようなものが置いてあったけれど、人の姿は見えないのだった。「すみません。誰か」店の奥を覗き込んだ。誰もいない。喉を潤すようなものが置いてないのは、なぜか。その時、今降りてきた扉がひとりでに閉まった。駆け戻ろうとすると扉の前の階段が音もなく闇の中に吸い込まれてしまった。仕方なく下へ降りる。乗換えのホームはない。続けて降りる。一段と暗くなった。少し息が苦しくなった気がする。続けて降りる。ガラス張り。その向こうに駐車場が見えた。助かる。外に出られると思った。扉がない。もう一階下なのかもしれない。扉を開けて、下へ降りた。突然、風が入り込んできた。今、降りてきた階段が、音を立てて崩れる。ドレミ、ドレミと歌うように。下界から着物姿の女が入ってきた。「何をしているの?」迷い込んだ犬に言うように言った。今日で取り壊すのだと言った。乗換えを探して降りてきたのです。「駅に行きなさい」女は言った。


posted by 望光憂輔 at 00:25| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。