2011年06月17日

滑り台

 英語の教科書の裏に伝言が貼られていた。20時30分ゆく年くる年。また国語のノートの裏には23時15分公園前集合。また何でも帳の裏には22時45分秘密会議とやはり小さな紙切れで伝言が貼り付けてあるのだ。先生が入ってきて、御託を並べているが、僕は引き出しの整理に忙しい。うっかり他の伝言を見落としてしまっては大変だ。話をあたかも聞いているように顔だけを上げながら、指先でノートや教科書をくまなく当たり読み取った。「何をしている? 何か落ち着かないな」背中に虫が入ったのです。つまり、この引き出しの中ですが。教室を出るともう夜の階段がかかりはじめている。
 橋の上を歩いた。男たちの背中では無数の蛍が明滅しながら、道行く人々に時の流れを知らせている。冬の間、蛍たちはいつもそこにいる。悠々と僕は橋を抜けて、市街地を歩いた。汗一つ流すことはない、鼓動だって少しも乱れることはないのだ。人々が同じ方向に流れている、きっと同じ目的を持ち、それが何かはわからないけれど、ある一つの場所を目指して歩いているのだろう。けれども、少しも急いではない。ゆっくりと。高架下を潜って、見慣れた場所に出た。どこかで見慣れた。マスター。「こんばんは」やあ、久しぶり。「10キロ歩かないといけないんです。24時間テレビでね」そうか。学校から、ここまでで5キロはありますか? 優にあるさとマスターは言って、その後で「さあ、あるだろうねえ」と言った。僕はそろそろ引き返すことに決めた。川沿いの道では、後発の後輩たちの多くがばてて座り込んでいたりしたので、僕はその道を少しだけ避けて、少し浮遊した姿勢を保って、けれども足を動かすことで歩いていることの一部だとした。公園のベンチで一休みしていると「先輩出ないのかな」という声がした。出るつもりはなかったけれど、僕のこと知っている、気にしている奴がいるとわかり気が変わり始めた。後輩の隣に、空いているブランコに座った。「出てみようかな?」出た方がいいですよと後輩は言った。「滑り台ってどんな技だったかな?」それは水泳ブランコの高度な技の一つだった。「こういう感じですよ」と後輩はブランコを漕ぎながら、片手を放して半円を描いてあえなくバランスを崩して転倒しそうになるが、ほぼ理解することはできた。「こうかな」僕はブランコの上、一度で滑り台を成功させた。「出るよ」引率団につれられて、僕は再び川へ戻る。大勢の人が大歓声で迎えてくれた。人々の背中を通り抜けて僕は六番目のチームに組み込まれた。先生が出場選手を決める。一人一人の顔色を見ながら、返事を聞きながら決めて行くのだ。「おまえはどうだ?」とついに僕のところへも来た。「まあね」と言うと先生は僕に補欠のカードをかけた。「いや、やれば自信はありますよ。でもプレッシャーもある。だけど、みんなそうでしょう」先生が僕を選ばなかったことに失望し、それ以上に選手がみんな出られないということに怒りが湧いてきた。「言ってくださいよ! 先生、みんな出られるように言ってくださいよ」けれども、先生はため息をつきながら、自分の靴の先を見つめているだけだった。

posted by 望光憂輔 at 01:28| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。