2011年06月22日

おめでとう

「流石だね」と友達が言う僕の机の上には筆箱などではなく醤油さしが一つ置いてある。前から順にテスト用紙が流れてくるのを受け取って僕は後ろに流す。「鉛筆一本貸して」鉛筆さえあれば、僕は答案を埋め尽くす自信があったのだ。さあ、始めてください。僕は早速、自分の名前と種々のプロフィールを書き込む。先生が回ってくると僕の机の上を覗き込むように見る。「その雑巾掛けは2級なの3級なの?」3級だったかなと曖昧な返事をすると、じゃあ3,4級ねと先生は決め、3,4級と書くように言うのだった。

 ねえねえ「意表をつかれたとしたら負けなんだよ」と猫が言ってボールを投げて、僕はそれを鉛筆の先で静止させる。強打、強打、ドロップショット。「それは予測していたさ」と猫はなかなか負けを認めない。勿論、僕も。ラリーは延々と続き、決着はつかない。ウルトラの親戚の人がやってくるよと姉が言う。「おめでとう」と声がして、人々が流れ込みいっぱいになるので、僕は家を明け渡して出て行かなければならなかった。道に出ても、ウルトラの親戚の人々が次々と「おめでとう」と口にしながら歩いてきた。「おめでたいのは息子さんなのよ」と誰かが言い、誰かが「まあ」と言った。僕の前に見知らぬ女が立ち止まり、「お誕生日おめでとう」と言った。僕が礼を言うと女はしみじみと頷き、顔から涙を流し始めた。ああ、息子さん。ウルトラの親戚の人々が僕を認めると近寄ってきて、「おめでとう」と言い、そっと肩に触れ、手を握り、爪先を見、頭の天辺を見て、涙を流した。

 友達は道端で座り込んでいた。「帰ろうよ」と言うと、えーっと驚きの声を上げる。「今? だって新喜劇やってる最中よ」口で銃声を作り、大げさに倒れ込む。そして起き上がったと思うと逆に撃ち返す。陽気なゾンビのようにピエロたちは不死身に夜を牛耳り、人々の地道な足取りを封鎖している。「帰ろうよ」もう一度、僕は言った。

 レストランに入ると向こうで彼女は「やあ」と手を上げた。僕が行くと彼女は椅子を差し出して向こうでどうぞと言った。「あなたとは他人でいたいの」僕は椅子を持って向こうに行き、即席の一人席を作り出して座った。「サーロインステーキ」ウェイターに告げた。続いてウェイターは4人掛けのテーブルにオーダーを取りに行った。「答案用紙はL・M・Sのサイズがございますが。はい。Mですね」そうして、帰り際に、僕の所に0.5秒だけ立ち寄ってステーキの焼き方を訊くのだった。「Mで」僕は、優しいわけではなかったけれど、答を合わせる。ぐるぐる巻きの女が疾風のように入ってきた。竜巻のように回っている。「私、ようやく見つけたわ。ようやく解き方を見つけたわ」そう言いながら回りながら、体中に巻きついた紐を解き落としていった。「ようやく、知恵の紐を解けたの」氷上の天使のように彼女はとめどなく回り、その体はとめどなく細くなっていく。「おめでとう!」誰かが言って、知恵の少女を拍手が包んだ。僕も、手を合わせながら遠くにいる彼女を見た。女はずっと下を向いたままだった。パスタを渦巻いたフォークが冷たく光っている。


posted by 望光憂輔 at 02:27| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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