2011年07月22日

名残拳

 エスカレーターレースはリフレイン。だんだんと激しさを増してゆく。上り切ったところから次のステップに勢いをつけて移る、その瞬間が抜かしどころ。上級者は手すりの上を駆けて、加速していく。この労働ビルの中の人々は日に日に疲弊していくようだ。このビルが吹っ飛べば、失業率は少しは下がると思われた。なぜなら、このビルの中に詰め込まれすぎた仕事が少しは分散するだろうから。朝は寺へつながる道を通った。本田の家に立ち寄るつもりはなかったし、借金を取り立てるつもりもなかった。少しだけ、本田の家の前を通った時に中を覗いた。本田はコントローラーを手に画面に夢中だった。戦っている。だから、僕は楽観した。生きている限り、金なら返ってくる可能性がある。帰ろうとすると本田の父が出てきて、肘打ちを浴びせてきた。何度も何度も浴びせてきて、僕は家の前で倒れ込んだ。「何をするんだ?」肘が胸に食い込んでいた。けれども、本田の父は、少し離れた場所に立っていた。私は何もしていないと言った。確かに、本田父の腕は、本田父の体にくっついている。「それは名残拳」と言った。実際にはもういないのに、恐れが胸に残り突き刺さっているように映ると言う。危害を加えているのは自分自身なのだと言う。肘を胸に付けたまま、僕は本田の家から逃げ帰った。優勝者には賞金と一日の休みが与えられる。僕は上級者の後について行き、優勝を狙った。押し出されるようにして、手すりを越えていき、自分が上級者そのものではないかと思ったりした。あと少しで、ゴールだという時に、優勝者の名が発表されて力が抜けた。小倉さんが、顔を押さえながら立ち尽くしていた。「もう駄目だ」と言った。朝から駄目だったが、出勤してきたと言った。小倉さんは、本当にもう駄目そうだった。誰か迎えの人、マネージャーか誰かは来ているのですかと訊くと、息子が二人来ていると言うので少し安心した。上の階で高井さんを見つけた。「飲みましょう」と声をかけた。高井さんも優勝を逃してくやしそうだった。「今日はこれだ」と言い500円硬貨を手の平に載せていた。カウンターに腰掛けて、二人で水を飲んでいた。高井さんは黙り込んでずっと水を飲んでいた。スーツ姿の森氏が額に汗を流しながら入ってきて、「テニスの試合はどこで?」と訊ねた。「東館の一番上の階ではないですか?」と僕は教えてあげた。「本当かね?」と森氏は訊いた。「勘ですよ」と僕は言った。周りの人がくすくすと笑った。いつまでも、頼まないので僕がBランチを注文した。「二つ」と付け足して、高井さんの方を見るとそこに座っているのは、本田だった。お金のことを考えて黙り込んでいるのだった。僕たちは、繰り返し芝居を演じているのだということを、ようやく思い出した。昨日と完全に一致した時、初めてこのゲームから抜け出せることができるのだ。胸に突き刺さった肘を抜いて、本田の頭に向けて投げつけた。ゴンと音がして、本田は転げ落ちた。しばらくして、Bランチが二つ、僕の眼の前に置かれた。

posted by 望光憂輔 at 02:33| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月15日

コールドゲーム

 近くで見るとサッカーボールというのはピンポン玉くらいに小さくて、実際は石のように硬いのだと知った。キーパーが投げたボールに、伯父さんは長い足を伸ばしてかろうじて足先を当てる、とそのままゴールに入り先制した。あれだ!と思った。点を取るとしたら、あの形しかないんだぞと思って、キーパーにグッドのサインを送った。もしかしたら、勝てるかもしれないと思った。まさか、僕たちが家族ぐるみでオレンジ団に勝てるなんて誰も思っていなかったに違いないのだ。残り時間は10分くらいだと思ったが、審判に訊ねるとまだ30分はあると言われて、少し絶望した。観客席から鹿が入り込んできて、昼食休憩となった。みんなから離れたところで一人弁当を広げて早々に食べると少し眠った。オレンジ団を倒す夢の途中で目覚めて、弁当を返しに行くと、親戚の人たちがもう一周して弁当を受け取り食べようとしているのが見え、僕は恥ずかしくなって眼を伏せた。「正しい仕舞い方がありますので」と役員の人が大きな声で呼びかけていた。僕は適当に返した弁当をまた取りに戻って、指示通りに分類の作業にかかった。緑のギザギザやしょうゆの入れ物はそのままにしてはいけなかったのだ。海老の尻尾は完全に食べるか、食べなかった場合はそれも別に分けなければならなかった。そうして片付いた弁当の器は風呂敷に包んで済みと書かれた紙を挟むのだ。正しく仕舞い終え、再開の時を待っていると、オレンジ団が帰ってしまったと役員の人たちが騒いでいる。話し合いが持たれ、コールドゲームになることが決まった。勝っていた僕たちが負けになったのだ。よりによってなあ……、仕方ないなと誰かの声がした。親戚の人たちは、腹いせに、残りの弁当を全部持ち帰った。
 診断に向かった親戚の人たちを待ちながら、庭の方を見ていた。風が吹いて、半身裸なので少し寒かった。似たような車が家の前に止まったが、どこか違うのだと思った。けれども、人数と構成が似ているように思えて、間違えそうになったのだ。全員が乗り切れず、後ろの二人は板切れに足を載せワゴンの背中に手を伸ばして捕まっていた。ふらふらと車は再び動き始めた。

posted by 望光憂輔 at 01:56| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月14日

10月の蟹

 ゆっくりとしていると男が近づいてきて、新聞はもうなくなってしまったのと訊いた。「そんなことはないです」と答えた。僕がゆっくりと新聞を匿っているだけだった。「そんなことはないです。今のところはないです」部屋に戻ろうとしていると、壁を蟹と貝が這って行くのを見つけたので捕獲して、持ち帰った。広げた新聞紙の上に置いて、しばらく観察していた。「あんたに読ませる新聞はなくなりました」
 あの子はあそこが自分の家だと思っているから、お手伝いをさせないように気をつけてと母が言っている。でも、そんなに好きな場所ができたなんて、あの子にとってしあわせなことだ。好きな場所が一つでもあるなんて、誰にでもあり得ることでもない。「お年玉を準備しないと」まだ10月なのに。それでも早すぎることはないと母は言った。千円も上げるのはためにならないから、200円くらいにしようか。あの子は今日は帰ってこなかった。
 銀行が潰れるといって人々が押し寄せていた。「会社はうまくいっていた。でも、ギャンブルで素っ裸さ」伯父さんは言った。僕は、マークシートを手にしてみると意外にそれは簡単な事のように見えて、恐ろしくなった。「塗るだけでいいの?」伯父さんはそうだと言った。「予想を立てて塗り潰すだけでいい」押すな押すなと後ろから人々が押し寄せて体当たりした。牛追い祭りの夜のことを思い出した。
 あの子が帰ってくるように賭けることになった。家の中でゴールを作り、たけちゃんの方に入ったら帰らない、僕の方に入ったら帰ってくることになった。ボールを蹴ると壁に跳ね返って、玄関の外へ飛び出してしまった。道路を横切って取りに行った。車が一台近づいてきたので、通過するのを待っていると、向こうもゲームの再開を待っているようなので、僕はそこからスローインでゲームを再開すると、僕の投げたボールがそのまま家の中の僕のゴールに入って失点してしまった。これでよかったとたけちゃんは言った。「いつも帰る帰ると思って帰らないんだから」せめて、賭けくらい勝たないとお母さんのためにならないからと言うのだった。
 蟹と貝を鍋に入れて茹でた。塩で味をつけて食べるのだ。「もったいな」と兄が言う。何がもったいないものか。通りかかった蟹と貝をもったいぶることはない。さっさと食べてしまうのがいいに決まっている。平らなたわしのような貝だった。どこへ行くつもりだったか。

posted by 望光憂輔 at 01:25| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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