2011年07月12日

行き違う朝

 鉢の下のカブトムシを使って兄は入口を開けた。始めて来るその家は、親戚の家だという。複雑な道順を迷わず歩いてきた兄を尊敬し、もし兄がいなかったら、自分の力だけでこの場所を突き止めなければならないと考えると気が重くなった。次々と家の人が帰ってきては、「誰ですか?」という顔をしていた。「あれは誰?」僕も兄に訊き、兄はおよそ半分くらいの人物を答え、説明しても難しいところは適当に言葉を濁していた。時代掛かった服を着た男がやってきて、みんなは壇上に上がって歌を歌った。僕らは一番上の段の隅に立って歌った。「僕らはみんな生きているからもう生きていない人のことは歌うことしかできないからみんなして集まって歌うよ」
 ごはんができたと母が言った。日曜朝の30分バラエティーを見ようとしてチャンネルを間違えたおかげで、1時間ドラマを見ることになった。途中で(割に早い時間帯に)間違いに気がついたけど、途中で(割に早い段階で)ドラマの面白さにも気づいたので、間違えた自分を強運の持ち主と誰かが呼んだ(自分かもしれない)ような気がして、どんよりしている割に悪い気のしない朝だった。窓の外が綺麗で、空とビルの境界が綺麗で、雲と壁との境界が綺麗で、カメラを向けて覗き込んだ。実際にそうしてみると思ったような景色でもなくて、思ったようなそれを求めてカメラを動かしていくと、壁の向こうに母の姿が見えた。知らない人と車に乗り込む母の姿をカメラの中で追いかけた。ドアが閉まる現実的な音がすぐ近くでした。車が動き出した。追えるはずもない車を、カメラの中でずっと追いかけていたけれど、ついに追いつけなくなって、カメラを下ろすとそこは車の中だった。兄が、ハンドルを握っているのを、僕は後部座席から見た。
「今日こそ頼むぞ」と兄が言った。
 僕は兄の元へと駆け寄った。「何がだー!」兄に掴みかかった。何がなんだー! 兄は床の上に丸まって仮死状態を保つ地上最強の昆虫のようになった。何がなんだー! 無理に顔を起こそうとするとその表面に光ったものが見えたので、僕はもうそうすることをやめてトイレに駆け込んだ。そのままずっとトイレットペーパーを見つめていた。少し引き出して見て、その白い表面に何か助けになる暗号やメッセージが隠れていないか、そう思って見つめていた。時折、誰かが入ってきて、何も言わずに出て行った。「ありがとう」お菓子の宅配が来たと言って、誰かの声が聞こえたけれど、声だけではそれが誰なのかわからなかった。「また、お菓子が増えた」いくらでも増えていくので困るという声に、ほのかに共感を覚えてしまい、僕はすぐに飛び出していきたかった。


posted by 望光憂輔 at 20:31| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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