2011年11月30日

新しいカード

 テーブルの上にカードを広げて終わったばかりの過去を再現していく。「もう一つの過去だけど」しんちゃんが言った。「後で場所を変えて他でやる?」時間外になってしまうので、もう全部は再現できそうもなかったのだ。類型的な形、推測できてしまう展開になったら手順を飛ばしてなるべく時間を省くようにした。「何か新しいカードが必要ね」皿に盛られた複数の野菜、キャベツやレタスやトマト、セロリ、パセリ、キュウリ、他にも紫色をした見たこともない野菜がある。「新しい感情が芽生えた時には」既存の言葉では足りず、例えば新しい恋を表すためには、まったく別の新しい言葉を作らなければならないとなっちゃんは言ったのだ。

 ラジオ体操が終わる。もうカードはいっぱいになってしまったので、次はデザインが変わることだろう。まぶしい陽射しを避けて屋内に入ると階段を上った。ちょうど歌人と新人が対談を始めたところで、僕は素知らぬ顔をしてその横を通り抜けると廊下の隅に置いてあった安楽椅子に座った。バスタオルを枕の代わりにして挟むととても良い心地である。こっそりと対談に耳を傾けながら、休んだ。

「もうへたばってるのか?」薄目を開けると班長が立っていた。今日の予定はもう終わりかと言って笑った。「僕は今終わったんです!」と反論すると、「みんなそうじゃないか」と言って一蹴された。「僕は昨日から眠っていないし」と付け足すと、「みんなそうじゃないか」と続けて返り蹴りにされる。「僕はただ少し言い訳したかっただけですから」と負け惜しみを言った。「だが、この子は好きだな」と横からこんじいさんが入ってきた。「なかなか意志が強いところがあってね」と言い、「ただ……」と続けた。「連絡してこないんだよ」と言って渋い顔になったので嫌な予感がする。「できるのにしてこないんだよ」と徐々に昔の話が始まり、執拗に礼儀作法について責め立てているのだった。こんなことなら、ただへたばっていると言われる方がましだ。まったく……。新しく話すことはないのか。もう何も言い返す気力もなく、顔を見るのも嫌になって僕は黙って靴を履いた。「やめるな……」出て行くところで、後ろから誰かが呟く声が聞こえた。やめる? やめるも何も……。その後に続く言葉は、何だろうと思いながら、歩き始めた。まぶしい陽射しが、足元にまで落ちて、爪先までもあたたかくなった。

posted by 望光憂輔 at 16:11| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月29日

ポップコーン・レース

「どっかで見た顔だな」と彼らの中の一人は言ったけど、僕は彼らの中の誰も知らなかった。(僕の名前を知ったらきっと驚くだろう)彼らは何を求めて僕の周りに集まってきたのだろう。逃げることは小さな自尊心が許さなかった。けれども、よくみると彼らはみんな僕よりも背が低く、大勢で派手な格好をしているとしてもそう恐れるほどのことでもないとわかった。そろそろ行こうと誰かが言って、みんなは動き出した。音楽が流れスタジアムの中央にダンサーが入場してきた。さっきまで僕の目の前に立っていた彼らだった。その時よりも彼らは大きく見えた。躍動感あふれる踊りを途中まで見て、僕は歩き出した。ゲート前で、足を止めて種々のポスターを眺め、再び歩き始めた。

「ブーン」と声を出して車の真似をする男に追いついて、僕も「ブーン」と声を出して車になった。勇気を出してそうなってみると悪くなかった。他人の目を気にしさえしなければ、楽しみ方はもっと広がってゆくものだった。一瞬驚いた様子だった彼も、すぐに良きライバルの登場を歓迎して「ブーン」と言って加速した。「ブーン」僕も負けずに加速して、通行人を追い越しながら先を争った。まともな勝負は分が悪いと見たのか、突然彼は懐から塩を出して投げつけてきた。塩を浴びた僕の車は空回りして思うように進めない。そこで僕は考えて、懐から電子レンジを作り出すと、そこからすかさずポップコーンを作り出した。そうなると今度は塩がうまい具合に味付けに役立った。これには彼も面食らった様子で、「キーン」と言ってブレーキをかけたのだった。

 近道はついに見つけられず、マップの端まで歩いてきてしまった。ビルの入口で男は待ってくれていて、そこで僕はリュックを置いていくことにした。エレベーターを降りて、歩き出すと置いてきたはずのリュックのチャックを閉める僕がいて、自分でも驚いた。みんな無地のスーツを着ていたが、僕は微妙にストライプが入っているので大丈夫だろうか、と心配していると用心棒のようなおじさんが派手なストライプの入った緑スーツを着ていたので、僕は胸を張ってテーブルについた。葬儀は10分で終わり、帰りにお菓子をもらった。

「全勝だな」と誰かが言った。負けた感じはしていなかったが、そこまでとは思っていなかった。「優勝だな」と誰かが言った。まさか優勝するなんて思ってもみなかった。一つも負けていないのだから、優勝するのも当然の権利だ。「気合なんだよ。こういうのは」と誰かが言った。確かに、気持ちが入っているのと入っていないのとでは技術以上に結果に差を与えることがある。ホワイトボードの星取表を見ながら、僕は自分たちの順位を確かめた。僕たちは二年で優勝だった。

 階段を素通りして、次に下りる機会を窺った。次の階段も見送ってしまい、もう階段はなくなった。草が生い茂る階段も何もないところから、僕は駆け下りた。頭から先に落ちてしまいそうなところを何とか先に足を出して、駆け下りた。それから校庭を駆けた。まだ、体力があり余っていたのだった。無人の壇上に、優勝カップが天を指して輝いていた。僕たちの優勝カップだ。表彰式など開かれなくても、栄光は、僕たちの手の中にあるのだ。優勝カップに別れを告げて階段を駆け上がった。四階までたどり着いて教室のドアを開けると、先生は振り向いて、その他の者は前を向いたままだったが、みんな知らない人だったのでそのままドアを閉じた。注意深く中の様子を観察しながら、僕は正しい教室を探して歩いた。舞台の向こう、幕を開くと演劇的な女たちの姿が見え、決定的に行き過ぎたことを悟って引き返した。墨の匂いのする少人数の教室の中の一人を呼んだ。「ねえ」彼女はすぐにやってきて、話を聞いてくれた。「何をしているの?」「習字」予想通りの答だった。「向こうは?」向こうの教室を指して訊ねた。「先生は誰?」彼女は指を折りながら、「藤田、門田、脇田、森田よ」と教えてくれた。「全部タが付くんだね」奇妙な一致にときめいて歩き出した。ポップコーンの弾けるような音が、どこかの教室から聞こえてきた。


posted by 望光憂輔 at 23:51| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月25日

回想駅伝

 エスカレーターには人一人が通れるほどのスペースしかなくて、人の横を通り抜けてゆくことはできない。前の人が立ち止まっていれば、その後ろの者も立ち止まっていなければならず、だから僕はずっと立ち止まったまま、前を塞ぐ人の背中を見つめているのだった。間に合うだろうか。順調に行けば、次の列車に間に合うはずだが、まだプラットホームは遥かに先だ。身動きの取れない姿勢で、見知らぬ人の背中を見つめたまま僕は機械的に運ばれてゆく。
 人数が足らないので試合に出てほしいという男は名前を名乗らなかった。とにかく出てほしいというけれど、どこで試合があるのかもよくわからない。「誰なんだ?」どうしても、出てほしいと言うのだが、詳しいことは何もわからなかった。どうしてこちらの電話番号がわかったのか不思議である。「駅は、どこですか?」こちらから確かめなければ何も始まらない。集まりが悪いのでどうしても来てほしいというそれはどうやら鳥取の方だということだ。
 家に戻る度にホワイトボードに文字が増えているのだった。元気ですという文字の下に誰かが元気ですと書き、そのまた下に元気ですと書き連ねてある。同じ元気ですを僕が一人で書くということはあり得ないことなのだから、この家には僕以外の誰かが出入しているのだ。気になって、ベッドの下や、冷蔵庫の裏を探ってみたけれど、文字を書きそうな連中はいなかった。
 エスカレーターは、ゆっくりと上に向かってゆく。長い長い上りの途中だ。
「今日ですか?」と問うと、日曜日まで毎日あるのでどうしても出てほしいという。「遠いので」と断ると待っているのでどうしても来るようにという。
 家に戻ると知らない人が集まって麻雀をしているということがあった。ホワイトボードを見ると勝負はこれからとか、自分を信じてとか、奇跡を起こせとかいった文字が増えていて、やはり僕以外の誰かが出入していることが明らかだった。盛り上がる麻雀と黒い煙から逃れるように、僕は二階へ上がった。
 発車のベルが鳴り響く。けれども、エスカレーターはまだ僕を運び終えない。長いベルだった。いつまでもそれは、乗車希望者を待ち続けるように鳴っていた。列車が動き始めた後も、鳴り止むことはなかった。もしかしたら、別のサイレンの一種だったのかもしれない。
 閉めたはずのカーテンが少しだけ開いている。閉めようとすると風が入り込んで、開いているのはカーテンだけではないことがわかった。一度、カーテンをすべて開けてみた。その時、ベランダに胡坐をかいた髪の長い男がいるのを見つけた。目が合うと、男は何かをついに見つけたような目をして、今にも動き始めそうだった。急いでカーテンを引き、男の視線を遮った。扉を閉めて、カーテン越しに鍵を掛けた。ホワイトボードに、落ち着いて、冷静に、気を確かに、と書き込んだ。ゆっくりと、もう一度カーテンを開けてみるとベランダは完全な夜に支配されたところだった。
 列車はどこにも止まることなく、折り返し地点にまで行くとそこから折り返し運転を始めた。どこで降りようとも、それは僕の知らない駅だった。どこで降りるべきか、動き始めた列車の中で僕は答を見つけなければならない。今日までのどこかに、そのヒントはあっただろうか。僕は目を閉じて、心地良い揺れの中で回想を始めた。

posted by 望光憂輔 at 02:57| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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