2011年11月21日

浴槽の鞄

 空っぽの浴槽に見たことのない鞄が置いてあった。少し家を留守にしていたせいだった。どう記憶を整理してみたところで、自分がそれを置いたということはない。では、いったい誰が置いたというのだろうか? 配達の人が親切すぎたせいで、宅配便が浴槽にまで届いた。そんな馬鹿な話があるものか。僕はまだ、鞄に触れることはできず、少し離れたところから観察することしかできなかった。タグらしいものは、どこにも見当たらない。いったい何が入っているのだろうか。好奇心の中には恐怖もあって、僕は触れることができなかった。誰か親しい人が、僕に荷物を届けようとしたけれどたまたま留守だったので、仕方なく浴槽に置いて行った。どうして浴槽なのだ。そんな親しい人などいもしない。僕は、疲れていたし風呂にも入りたかったけど、この鞄がある限りそれは許されない。一つの決断をしないことには、風呂に入ることもできないのだった。淡い期待を込めて僕は目を閉じる。
 一眠りした後、浴槽の鞄は消えてはいなかった。もっと恐ろしい可能性、これは泥棒の忘れ物ではないのか? けれども、家の中には何かを物色したような形跡はまるでなかった。元々散らかっている部屋はそれ以上に荒れ乱れることもなく、元のとおり散らかっているだけだった。泥棒ではない侵入者の別の目的は何だったのか。携帯電話を手にし数字を一つ押したところでやめてしまった。実際の被害が、何もない……。誰かに相談するべきか、誰か、こういう場合の専門家は。思い悩んでいる内に、もう一度自分の目を疑いたくなった。浴槽の汚れが、たまたま鞄に見えただけかもしれない。
 浴槽の鞄は、鞄と断定するにふさわしかった。僕はまだ、触れることができない。鼻先をゆっくり近づけると皮の匂いがした。顔を傾けて耳を澄ませた。静かだった。ぽつんと一粒、蛇口から落ちた。触れられないのは、僕の物ではないからだった。そして、その中からどのような物が現れたとしても、それを受け入れる覚悟ができないせいだった。しかし、そんなことが本当にあるだろうか。考えれば考えるほど不可解な出来事だった。家のゴミと一緒に、捨ててしまおう。一瞬そう考えた僕は震えていた。震えを止めようと、自分で自分を抱きしめると、震えはよりいっそう強くなった。

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2011年11月17日

乗り継ぎ

「乗車率は300%を超え通路からは苦情と友情の入り交じった特殊な空気が発生しました」とテレビのアナウンサーが帰省ラッシュの模様を伝えている。「私は、必死で高校生の後ろ髪を掴んでいました」と乗客のインタビューが続く。
 乗り換えのために新しい列車を探した。先頭車両の前側から乗り込むと既につれが一番入口に近い席に座っており、その隣には見知らぬおばさんが座っていた。発車まではまだ少し余裕があり、今ならまだ別の選択に切り換えることもできた。向こうの列車は……。「あれは回送車よ」とおばさんが答えた瞬間、電車の中の照明が消えてしまった。その向こうの列車は……。「あれは博多行きよ」すると逆戻りしてしまう。この列車で行くことを僕は第一候補とすることを考え始めた。運転手の隣の席が空いていた。できればつれの隣に座りたくて、「一つずれてもらっていいですか?」とおばさんに持ちかけたが、「私はここが気に入っているのよ」と冷たい。この列車に乗ると到着は何時になるだろう。「東京着は19時よ」とおばさんは答え、僕は逃げ出したくなってしまう。降りようとして、一歩歩き出すと入口のところで髪の長い少女が横たわっていた。声をかけて越えて行くことができず、僕は戻って運転手の隣に座った。眠っていればすぐだ……。「どうせ早く着いても何もないしね」とおばさんは言った。

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2011年11月16日

ドリームマッチ

 昨日は巨大なボスが通り過ぎたためにドリブル屋敷のコースは所々で壊れていたり、狭まっていたりした。成績優秀者は次々と帰っていき、残りは2人だけになってしまった。そこ狭くなっているからとコーチがわかったことを言う。もう早く帰りたかったけれど、ここまで来たらもう最後の1人になっても構わない気もした。スラロームを抜けると、次は反復ヨコドリブルコースだ。「頭を使ってやれ!」いきなりコーチが過酷な課題を出した。「オイルはつけなくてもいいから」一転して小さな配慮もみせたようだったが、「1000回でいいから」と事も無げに付け足したので気が狂いそうになった。それで過剰な反応をみせるのも癪に障るので、こちらも何事もないように言われたとおりに頭を下げて、反復ヨコドリブルに入るのだった。1往復した時、もしも異を唱えるとすればコーチの口から1000という数字が飛び出したまさにその瞬間で、唯一のチャンスを逃した自分の反応の鈍さに嫌気がさしていた。1000回! 何を馬鹿な! 100回だって充分に狂っているというのに。僕は頭を垂れながら、頭を地面に擦りつけながら、反復ヨコドリブルを繰り返す。長い髪の毛が、顔中に巻きついて、息が苦しい。だんだんと、息ができなくなってゆくのだった。

「さあ、みんなも降りておいでよ」

 僕は率先して降りてきて、テーブルの上のあえて不安定なフルーツの上で選手名簿を開く。当然みんな揺れているけど、それはまだ何も決まっていないということの象徴でもあるのだから、それが正解というわけで、案外そこまで理解して見守っているのは、むしろ子供の方が多かったりもするのだ。

「眠れない街をスタジアムにするのだ」

 手を貸せる人は手を貸してください。そう呼びかけるまでもなく、人々は降りてきて、きらめくボールの下に集まってくる。みんな心を1つにしたかったのだ。心を1つに寄り集まるための象徴としての何かを求めていたのだった。見知らぬ誰かと絡み合い、もつれ合い、抱き合いながら、人々は夜の中を降りてきた。ぼくときみはみんな1つだ。元から別のものなど、この世界にはなかったのだから、みんな同じ出発点を知っていて、みんなそこに帰りたかったのだから。勝手な理由と思い思いの服装で降りてくると、人々はごく自然に名簿の中に加わった。まるで、花見の衆に加わるように。

「一夜限りの夢を今夜も」

 ドリブルで駆け上がるが敵も味方も反応を示す者はごく僅かだった。降りてきたけれど、ほとんどのものはまだ眠っているのだ。味方に向けパスを出すと跳ね返って転々とし、ピンボールのような夜だった。スコアは何対何かで同点だった。何点入ったかは計測不能だったが、交互に入り続けていたのは間違いなかった。ほとんどの得点は僕と、あいつによるものだった。「反復ヨコドリブルは、最後までやったのか?」あいつは、いつの間にかいなくなっていたのだ。「まだ続いているよ」と僕は答えた。ボールはビルの間をすり抜け、人に当たって戻ってくる。風に乗って浮き上がり、桜の木の上で一休みする。幾度も繰り返される歌の中で、酩酊して、巨大化した魚の体内で警告を受ける。木だと思っていたものが突然、ボールを蹴り返してきて、止まっていた時計、人形たちが我に返ったように動き始める。

「ナショナルタイムは夜の内です」

 何者かが蹴り返したボールを僕は足の下で隠した。その時、自分は無収入なのだと突然気がつくが、僕は何も悟られないようにあいつの顔を睨みつける。ボールはカブトムシのように小さく、その気になれば何時間でも足の下に置いて隠しておくこともできたが、昆虫の俊敏で逞しい足は1秒間の間に何百本ものシュートを打つことができるのだし、未知の可能性と残された夜の光がゆっくりと僕の体を反転させた。ゆっくりとゴールの位置を確認して、ゆっくりと右足を引いた。シュート! そして、ゴール! となるはずだったボールは想像以上の空気抵抗を受けて、ゴールライン上で静止した。その瞬間、足を止めていたあいつがゴールに向かって走り出す。その様子を視界の隅に置きながら、僕は両の手をゴールに、そしてボールに向けて念を送った。小さなボールは、一文無しの手から送られる微弱な念を、確かに受け止める。熱を蓄えた水が、自分自身の中から何かを切り離す瞬間の微かなざわめきに似た仕草で、受け止める。静止したはずのボールは、今度は自らゴールに向けて動いた。初めて自分の意志を獲得したようだった。失点の瞬間を見届けてからゆっくりと振り返ったあいつに、僕は微笑み返した。

posted by 望光憂輔 at 04:00| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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