2011年12月12日

世紀末家族

 50人の無法者たちは未だ逃走中で、急いで押入れの中から木刀を探し手に取った。一刻も早く何かの時に備えておかなければならなず、そのことをみんなに知らさなければならなかった僕は、兄に竹刀を手にするように言おうとしていたのだったけれど、それよりも早く、敵は家の中に侵入しており、僕の目の前に立っていたのだった。1人だった。畳の上を土足で近寄ってくると容赦なく木製の脚の短い机の上を渡って、切りかかってくる。間一髪のところでかわした、と思ったら頬の表面に僅かに奴の剣先が当たっていて血が流れた。恐怖と生存への強い執着の中で僕は身を捩り、そのまま自分の腰をかすめて後ろに剣を振った。振り返らなかった。けれども、確かに身体の最も重大な部分を剣が貫いたのがわかった。いつの間にか木刀は真剣と入れ替わっており、咄嗟に繰り出した後ろ刺しが決まったのだ。「その技は……」ヘルメットを取った悪党の顔は、幼い日に同じ師匠の下で修業した兄弟子のものだった。「兄ちゃん……」

 無法者の広報が家の中に入ってきて、「10分だ」と言った。時間がくると全員で我が家に押し入ると言うのだ。「20分!」10分はあまりにも短いと僕は言って抵抗した。広報はそれに折れて僕らは20分の残り時間を獲得したけれど、降伏も取引をする余地も何もない絶望的な時間だった。家の周辺は無数の無法者たちに囲まれていて、逃げ出す隙間はなかった。どうしようか……。それでも、何とかして家族で知恵を出し合う他なかった。「110番は?」「今は町中が大変なのだから、とても無理よ」「タクシーを呼んだら?」「タクシーなんかで逃げられるわけないでしょう」提案を打ち消す意見は、瞬時に強い説得力と共に響く。彼らは、約束の時間をちゃんと守ってくれるのだろうか……。不安げな表情を浮べ、みな時々時計の方をみた。時間はまだ半分以上あった。「そうだ!」と兄が言い「なになに?」と姉が言い、みなの期待が兄の頭脳に集まる。押入れの中を開けて、みんなで宝物を寄せ集めた。「これも、これも」姉が庭に落ちた栗をかき集めるように忙しく手を動かしている。「これは駄目!」持っていかれると思うと急に輝いて見え僕は1人で抵抗をみせたけれど、すぐに無意味なわがままとしてかき消されてしまった。「どうせここにあっても……」どうせ僕らは助からないかもしれないのだから。手に手に持てるだけの宝物を持ってこっそりと窓から抜け出すと、無法者の車のドアをノックする。「よかったらどうですか?」車内に差し入れた。「今はもう使わなくなったものですが」まだ、みんな小さい頃に遊んでいた玩具を手渡した。「懐かしい……」無法者のボスは熊の縫いぐるみを手に取って撫でた。「妹が好きだったものです」「私にも遠い昔、妹がいたものだ」熊の頭を抱いたボスの声はかすれていた。「僕の妹も死にました」そうか、そうか、と息を吐きながらボスは泣いていた。「思い出させてしまってごめんなさい」僕は架空の妹を作り出して、ボスの懐に入っていくことができた。間もなく、無法者たちは引き上げ我が家は全滅の危機を逃れたのだった。

 名前のわかるものは身につけない方がいい。自分自身も暴徒のような気持ちでいることが大事だと思いながら、びくびくとしていた。家よりも安全と思い体を休めていたガレージの前にバイクは止まり、男が降りてきた。「選べるのか?」男は問うた。「おまえは、場所を選べるのか?」と言って男は僕の頬を指先で突いた。「駄目でしたか?」自信なくガレージの外を見ていると、道の向こうから車が近づいてきてバイクの前で速度を緩めた。両親が戻ってきたのだ。「ここはわしらの家じゃ」堂々と父は言い、真っ直ぐに男の方を見ていた。少しの迷いもなかった。そうだ。僕の家だ。急に自信が湧いてきた僕は、男の指を根本から掴むと頬から引き離した。「放せ!」形勢悪化を悟った男はバイクに乗って引き上げた。(後に男は改心してボクシングに打ち込んだという話だ)

 ガソリンスタンドやコンビニエンスストア、スーパーや大型書店では無法者たちによって強奪が繰り返されていた。恐れをなした商店街の人々は店を畳み、残されたドリンクバーは、依然として飲み放題となっていた。叩き割られたUFOキャッチャーの中からは、多くの小動物や海獣たちが逃げ出して、街をさまよい歩く光景が見受けられた。歩道の上には、ガチャガチャから垂れ流されたカプセルが散乱し、まだ余力のある子供たちがストリートサッカーに興じていた。パンパンと無人の機械からポップコーンが弾ける音がして、空に打ち上げられるのを、お腹を空かせた人々は金魚のように口を開いて受け入れている。「さあ、私たちも行きましょう」母に促されて、僕たちは車道を渡った。「洗面器みたいなものはないかな?」姉がつぶやいた。

 無法者の街から逃れるために手配者は、家族を逃がしてくれると言った。「但し別々に」秘密の空港に着いたところで、僕は分解の予感に包まれていた。手配者の後をついて5人は歩いていったがみな一様に足取りは重かった。その道は、正しい道につながっているのか……。ゲートに差し掛かったところで、突然兄が手配者の背中を押した。「閉めろ!」兄と協力して扉を閉めた。これで輸送の道は断たれたはずだ。係員が、扉を開けるために動こうとするのを父が微笑みながら近づいて制止している。「まあまあ」その時、母は鞄を開けて飴玉を3つばかり取り出していた。

posted by 望光憂輔 at 20:51| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

チキン

 いつから開いているのだろうか、薄緑のカーテンが小刻みに揺れている。夕暮れの歩道を陽気に行進するちんどんやの鳴り物の音がいつものように聞こえる。姉がいなくなってから、一人にしては随分と広い間取りになってしまったけれど、実際に使っているのは一部屋にすぎなかった。そろそろ本格的に整理をして、不要なものを処分したりして一部屋を空っぽにしたり、新しい部屋の使い方を考えようと思っていたのだけれど。突然、見知らぬおばあさんが僕の二階の部屋に上がり込んできたのだった。姉がいなくなったとは言え、僕がまだ残っているというのに、管理人さんはどうかしている。続いて、おばあさんをばあちゃんと呼ぶ女とその子供らしき女の子も上がってきて、みんなして食事の支度に取り掛かった。大皿に盛られたミニトマト、キャベツ、キュウリがテーブルに並べられる。中心になって働いているのは、おばあさんだった。「さあさあ、そっちへ」いつの間にか、僕もおばあさんに使われている。読みかけだった本を閉じなければならなくなり、栞を挟む。共同生活を送るということは、そういうことなのだ。自分のやりたいこと、やるべきことを常に途中でやめなければならない。閉じた本を持って子供の手の届かないところへ片付けに行った。部屋の片隅には、まだ越してきたばかりの旅の鱗をまとった荷物がまとめて置いてあり、それを一瞬でも眺めていることが、なぜか他人の生活を覗き見ているように思えてしまい、この上ない罪悪感を覚えた僕は、一刻も早くこの場を捨ててどこかへ逃げ出してしまいたかった。どうしてだろう、ここは僕の部屋ではなかっただろうか、ついさっきまでは、確かに……。食べかけのチキンを冷蔵庫から取り出して、テーブルまで持ってくると野菜の盛られた皿の上にぶちまけたのは、ささやかな(精一杯の)自己主張だった。「どこで採れたの?」「実家の方で採れたのよ」「どうして行ったの?」チキンには、関係なく野菜中心の会話が交わされていく。「お父さんの運転で行ったのよ」「運転してもう大丈夫なの?」「まだ本当はよくないのだけれど、駄目だと言うとお父さん、泣くのよ」「ははは」

「こちらで召し上がりですか?」そうだ。僕はもう、どこにも帰りたくなかった。「ゼロコーラはありますか?」「では普通のコーラで」するとおばあさんは厨房の方を振り返り「ある?」と言うのだった。「ゼロある? ある?」そうしておばあさんは、厨房の奥へと消えていった。無人になったカウンターの前でメニューの光沢を見つめる僕の後ろに、徐々に行列はできていった。しばらくして、厨房の奥から別の若い男が現れると、「注文をどうぞ」と言った。「ゼロコーラと……」
「12番の旗が出たらお越しください」と男は案内した。できあがりを待つ間、店の隅々を散策してまわった。広い店内は未使用のスペースも多くて、奥のカウンターなどは照明が消され、椅子がひっくり返った様は、岸辺に打ち上げられ絶命した魚のようだった。ボーリングのレーンの近くにまで多くの席が設けられている。空いているところが多いだけに、どこでも食べられるだけに、どこにしようか決めかねるような夜だった。そろそろと歩いて戻りカウンターから突き出ている旗に近づいていく。旗は、まだ10番だった。

posted by 望光憂輔 at 01:39| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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