2010年09月18日

思い出の道

 一人の客がテレビの前のテーブルに座っていた。
「はい!」
 店主だった。
 緑色のテーブルクロス、やはり駐車場へつながる扉は開け放たれている。夏でも同じなのだろう。中村玉緒が映る。サスペンスドラマのようだ。アイスコーヒーを飲みながら、持ってきた本を開いた。本って何だというようなことが延々と語られるという本だった。こういう場所では、小説よりも直接的に頭に入ってくる方がいいのだ。
 客らしき者が入り漫画を読む。店主はどこかに行ってしまった。
 時を隔てて同じ場所に行くと過去の風景を重ね見てしまう。あの時は、誰がいたとか、何色のシャツを着ていたとか、何を頼んだとか、もっと強い風が吹いていたとか、どこで缶ジュースを買ったとか、一瞬何かを躊躇ったようだとか、誰かが声をかけてきたとか、時には後から作り出したような風景もそれに加わったりするのだ。正確に振り返るためには、それらをみな記録しておかなければならないが、そんなことはできもしないし、意味もないことだ。書き留めておいたことさえ、記憶は容易にすり替わったりする。同じ場所を避け続けることなどできるのだろうか。新しい場所だけを選んで歩いたとしても、僕はそこで古い記憶を拾ってしまうような気がする。
 ハナミズキの歌詞が、本の中から立ち上がって僕の体の中を通り過ぎていく。
「ひどい話も何もあったもんじゃねえよ」
 テレビの村人が言った。

「一緒に歩けたら……」
 昨日の母の言葉が、ずっと引っかかったままだった。僕は本を閉じた。


置いていったり置いていかれたり
さよならでいっぱいの道は
細くなったり太くなったりするけれど
ずっと歩いて行かなければなりません
ひとりでも歩いて行かなければなりません

みんな一緒に消えてはなりません
いつかひとりでやってきたように
いつかふたりで歩いた道も
いつかはひとりで歩かなければなりません
ずっと並んで歩ける道なんてないのだから

キミと歩けたら
けれど何度も願うでしょう
キミと歩いた思い出と一緒に
ひとりで歩く道の上で限りなく


 客らしき者は漫画だけを読み、「よし!」と言って帰った。
 さよならの言い方にも、色々とあるのだ。

posted by 望光憂輔 at 19:26| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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