2010年10月23日

火葬

「あんたら早く降りなさい!」
 棺をとっとと持てと言う。バスから降りる人を先に降ろして何が悪い。僕らがあるいは僕が何もしないから、姉は何から何までやってしまう。けれども、その逆のことだってあるのだ。あるあるだ。

「もう見たら駄目ですか」
 と母が訊いた。
 姉が母に添って、父と最後の対面をするのを僕はずっと遠くから白い壁に張りついて見ていた。母は耐え切れずに泣いてしまった。姉がわるかったねと言っているように見える。棺はレールに沿って暗い穴の中に吸い込まれていき、銀の扉が堅く降ろされた。扉の前で、母が動き出すまで何一つ動くものはなかった。母は小熊のように丸まっている。さあ、これをと促されて、これですかと母は訊いた。ボタンの前に持ち上がった母の指は、それでもしばらくの間動くことなく、その他に動くものは何もなかった。ようやく動いたのは、母の唇だった。
「ごめんね」 
 言いながら、最後のボタンを押した。
 扉の奥で炎が音を立てて燃え上がった。同時にみんなが動き出した。母の言葉によって泣き崩れる者もあった。部屋の隅っこで、あの強かった(僕が泣いてばかりの時も大きな声で父を励まし続けた)Fさんまでも、泣いている。

posted by 望光憂輔 at 00:22| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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