2011年02月28日

木綿のハンカチーフ

 夜の降りたピッチの上を走り回って、逃げ延びる。けれども、すぐに鬼になってしまう。鬼はいつでも嫌われ者で、鬼になるのは嫌だと言ってみんなが逃げ回るので、早く誰かに触れて人間になりたいと思う。人間になろうと思う。
「なってどうするの?」
 別にそれが目的というのでも、それで終わりというのでもない。ただなろうと思っただけだった。 思わぬ一言が重々しく響いて僕の足を止めてしまう。鬼のままでもいいというのか……。
 僕は彼女の一言に動揺して転倒してしまった。

 幾つも並んだパイプ椅子の上で、年老いた人々はマジックショーが始まるのを待っている。一番後ろの隅っこの椅子、お婆さんの隣に僕も座ってマジックショーを待った。もうすぐ、カーテンが開いてベッドの上にライオンが現れて炎の輪を潜る。あるいは、白くまが現れて黄色い5号球の上に乗りながら、丸めた雪でお手玉をするのだろう。僕は受付で受け取ったプログラムに視線を落とした。そこには人間の身体の図が描かれている。肩の辺りに印がつけてあり、それが僕の右肩だと思い出す頃、僕の周りに腰掛けている人々の誰もが、僕の父や母であるように思えてきて、もう顔を上げることができなくなるのだった。
「よいしょっこらしょ」と遠くからおばさんが、沈黙を破って僕は少し気楽になった。
「この機械動いてるの? うんともすんとも言わんけど」
 しばらくして名前を呼ばれた。僕は3番のカーテンを開けてベッドに腰掛けて右の肩を出した。適当な場所に吸盤を装着して電気が流される。看護師が去った後で昨日よりも強く感じられる刺激に耐えながら、僕はおとなしくして僅かな時を待っている。天井からオルゴールの雫が落ちてくる。木綿のハンカチーフ。

posted by 望光憂輔 at 13:51| コサルビト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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