2011年02月28日

雪女

 緩んだ包帯の隙間から見える世界は、少しだけ遠くにあるように映った。
 世界は冬だった。
 包帯がとけるまでの時間、冬は続いた。

 方角もわからない街の中で僕は解放される。人に話しかけることができなかった。勘だけを頼りに僕は歩き出す。月が落ちて、雪になった。自転車が古びたドアのように音を立てて通り過ぎる。ドアの向こうでおじいさんが、新しいラジオを組み立てている。まだ完成していないできかけのラジオから音楽が流れてくるが、心して聴こうとするとその音は途絶えてしまう。雪は、細かく、虫の群れのように留まっている。まだ、あれはなりかけている雪の途中なのかもしれない。人の多く歩く方へ、ついて歩いていく。足跡は必ず駅へと続くだろう。それがどこの駅であってもいい、僕は切符を買い、この街から逃げてゆくだけ。けれども、頼みの足跡は、漂い、留まり、戯れ、あげくの果てに途切れてしまうのだった。次の足跡を探す前に、僕はしばし立ち止まらなければならない。そうして何度も、僕は歩き出し、悲嘆に暮れては立ち止まった。雪は、今ではありありと雪になっていた。落ちる度にとけてゆく雪は、積もることなど不可能なことのように思えた。この雪が、日々の返済ごとに充てられるということはないのだろうか。風が強まり向きが変わったせいで、首を締め付けていたマフラーが解けて、飛んでゆきそうになるのを手で押さえる。歩くにつれて風は強まり、雪を散らせた。それでも夜は濃くなってゆく。
「見てはいけない」
 マフラーと思っていたのは、本当は包帯だった。女は、巻き終るまで見てはいけないと言った。幾重にもずれながら、それは呼吸をするためだと女は言った、包帯は僕の首から肩にかけて白く巻かれていった。体に触れる女の手は、とても冷たかった。幾重にもずれながら、それは前に進むためだと女は言った、包帯は肩から胸にかけて強く巻かれていった。包帯によって守られ、包帯によって閉じ込められてゆく、幾重にもそれは容赦なくどこまでも途切れることがなかった。
「まあ大変ね」
 人々は、いたわりと恐れと好奇心の奇妙に入り交じった目で僕を見るのだ。
 冷たい……。それが体に触れる雪のせいか、女の手によるものかわからなかった。
「さあ、できました」
 ようやく作業を終えて、女は言った。
 完成した雪だるま、それが僕だった。


タグ:雪女
posted by 望光憂輔 at 19:42| 冬の包帯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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