2011年05月31日

何も言わずに

「いつまでも居てもらっては困る」そう言われて、いつまでも居ていいと思っていた僕は戸惑った。兄や姉とは違って、僕だけが何もできない存在であることが、ずっと後ろめたかったのだけれど。「お風呂を入れてくれ」誰に対して言ったのかはわからなかったけれど、誰も動き出す気配がなかった。せめて、それくらいのことを僕がしなければならないように思った。そのような立場であることをずっと思っていたのだ。けれども、僕はそうする代わりに、自分の家を飛び出した。いつまでも、自分の家ではないのだから。もうそうではなくなってしまったのだから。何も言わずに。
 やたらと僕にちょっかいを出してくるその子は、訊くと評判のいい子だとか。僕の前ではそうではないようだが、評判とはまるで正反対のようだが、それは僕が悪いのだろうか。僕の見る目がおかしいというだけのことなのだろうか。机の上に深い傷をつけて、禁じられた言葉を刻みながら、その子は楽しそうに笑っている。大丈夫、僕は何もしてないから。これをやったのは、全部キミだよ。キミに無理強いされて、僕は仕方なくやったんだからね。いったいいつ? 僕はその子からナイフを取り上げた。どうするの? 刺す? キミって酷い奴だね。その子は笑っていた。僕はもう少しで本当に酷い奴になりそうで、けれども、そうなる代わりに、僕は逃げ出していた。何も言わずに。
 モーニングはうに納豆にゅうめんをみんな食べていた。僕の前に座っているのは誰だろうか? アイスコーヒーを飲みながら考える。僕が後に来たのに先にアイスコーヒーを飲んでいるのではないかと心配になりつつ、視線の先に名札があって、乾と書いてある。誰かがそう呼んでいたことを思い出した。うに納豆にゅうめんがやってきた。色々と入っている。豆腐やキャベツやプチトマトが浮かんでいた。一口食べて、苦しくなったので、乾さんにあげて僕は席を外した。期限の切れた雑貨の在庫を調べた。今しなくてもいいことだったけれど、僕はそこにしゃがみ込んでなるべく長く留まりたかったので、熱心に日付を確認して、無意味に並べ方を変えたりしていたけれど、そうしている間にみんなはすっかり食べ終わり、僕を待っているようだった。「大会に遅刻するぞ」みんなはそれぞれタクシーに分かれて出発したが、僕は次のに乗りますと永遠に言い続けて、みんなが消えてゆくのを見送って、バスに乗って家に帰った。
 父は死んでいて、近所の島さんと結婚していたのだという。母の立場はどうなるのだろう。島さんの子供は僕より2つくらい下で、小さい時までは一緒によく遊んだものだったけれど、だんだんと大きくなるにつれて子供の領域も複雑になり、ただ近いというだけでは遊べなくなった。ある日、ヒロくんは僕の大事なゲームを抱えて遊んでいた。彼がエイリアンと戦っている間、僕は忍者刀を持って、天井裏の妖怪と戦っていた。「こっちは僕に任せろ」僕は悪い妖怪たちを一人残らず切りつけて、切りつけられた妖怪は、みるみる縮んで色とりどりのグミになってぽたぽたと落ちた。大人しい妖怪や礼儀正しい妖怪は、そのままそっとしておいた。「やっつけたよ」僕たちは共に勝利した。「いくよ」僕は天井からヒロくんに向けて忍者刀を放り投げた。けれども、それはヒロくんの手をすり抜けて、ゲーム機を突き刺した。壊したのはヒロくんではない
。僕の投げた忍者刀だ。もしかしたら、その日が僕たちの最後だったのかもしれない。あの頃には他にも大勢友達がいたのだった。見知らぬ人々が黒い身なりをして集まってきた。近所の人たちかもしれない。早く、知った人が来てほしいような、来てほしくないような、僕の心は迷っていたけれど、死んだのは母の方だと聞かされて、その場に崩れ落ちてしまった。


ラベル:エイリアン
posted by 望光憂輔 at 02:33| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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