2011年06月27日

はぐれ豚

 深く霧の下りた山の中をゆっくりと下降してゆくと徐々に草や木や虫の気配からより大きな動物的な匂いが近づいてくるのが感じられた。木々の隙間から角が揺れているのが見えるあれは鹿なのだろうか。傘を背負ったまま流れて行く、遥か向こうにつながれた、きっとつながれている小さな生き物が見えた。ようやく見つけることができた。木造の校舎に向けて、僕は落下のルートを意思と脚の力でコントロールした。災害の時にはぐれてしまった、その時は手に乗るほどの小ささだったけれど、今はもう随分と大きくなっていた。やはり、つながれている。「やあ」豚は、目を丸めて近づいてきた。「さなえちゃんのこと覚えてる? さなえちゃん。さなえちゃんだよ」豚は、しばらくじっとしていた。それから丸まった新聞紙が開くように、「さなえちゃん! さなえちゃん!」とさなえちゃんのことをすっかり思い出しているようだった。僕の手の上に乗ろうとするが、もう昔のようにそうすることはできなかった。校長先生を訪ねて事情を説明して、今日のところはここに置いて帰ることにした。「すぐ迎えにくるからね」
 手の中に隠されているのは何でしょう? と担任の先生は問題を出した。但し一度だけ質問することが許されているのだ。先生は他にも三つほど問題を出し、そのまま出しっぱなしにした。そうして問題を泳がせておくことで、新しい生徒たちの間に話しやすい空気を作ってくれたのだった。応援歌の練習は、日が暮れるまで長い時間かかり、屋上では赤と黒の旗が北風を受けて大きく揺れていた。また、二番の歌詞が微妙な変更が加えられて、覚えなおさなければならない。「忘れ物を取り戻すために、僕たちは一つ一つを書き留めた。今、僕たちはきっと手にしたのさ。世界で一つしかない忘れ物リスト」 同じグループのRくんと泊まることになった。17階のドアの前で僕は、朝のことを報告するために、さなえちゃんに電話をかけた。もしもし。さなえちゃんの声が怒りに震えながら聞こえてきて、僕は黙ってそれを聞いていて、Rくんは黙ったまま携帯電話を持つ僕を、黙って見ていた。もう、さなえちゃんの方に直接話が来ていた。木造の校長は二千万円を要求しているという話だった。さなえちゃんのところから、はぐれた豚を今まで育てた分、そして今では豚はすっかりこちらに愛着を寄せているのだということ、それでも引き取るというのなら、二千万円を要求するという話だった。「さなえちゃん」さなえちゃんを呼ぶつながれた豚の声が聞こえるような気がした。電話を切って、僕は木造の校長と交渉に当たった。とりあえず、四百万円にまで落ちた。それでも、最初の話とはまるで違うのだ。再びあの山を下りるため、その夜再びパラシュートの準備をした。Rくんが見ていた。

posted by 望光憂輔 at 00:46| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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