2011年10月05日

ダイブ

 寝そべって眺めていると座長が僕を呼んだ。誰かが鳴らしたクラッカーが頭の上から降ってきて絡みつくのを引きずりながら舞台へと上がった。舞台に上がると早速幕が下りて、僕は当面帰れない身の上となってしまう。お芝居のための小道具を裏世界から運ぶのが僕たちに割り当てられた仕事で、朝、鳥が鳴く頃の時間から夕方、シチューが煮詰まるまでの間毎日身を粉にして働かなければならなかった。僕は目覚ましのベルを鳴らしてみんなを起こすことをためらった。突然の雷雨のようなやり方は、疲れ切った体には酷なやり方だったから。音楽を流し、徐々に音量を上げていく。季節が徐々に自分の色を回復させてゆくような穏やかなやり方で、みんなに朝を気づかせてあげたかったのだ。僕はケースを開けた。けれども、ケースの中の僕の大好きなジャニスはどこか行方不明になっているのだった。ケースの中は、空っぽたった。
「何度も取りに行かせやがって」
 もう高さには慣れてしまったと先輩は言った。通いなれた道だからもう梯子などなくても下りていけると言った。けれども、身を乗り出した瞬間、無理だと思った。僕は身を引いて姿勢を低くした。
「梯子なんて使ってられない」
 先輩は本当に梯子を使わなかった。平らな場所を歩くように垂直な高層ロッカーに向け歩き出した。先輩の手は、静かに宙を掴みながら、遥かな下方へと落ちてゆく。やがて、海が穏やかに先輩の体を包み込み、何年ぶりかに幕が開いた。波のように拍手が沸いた。

 審査員がノートに書かれた名前をチェックしている。
「最も奇抜なダンスを!」
 プラットホームでは、誰もがそれを目指して踊っていた。知らないふりをして逆に歩いて回送車両に乗り込んだ。
 丘の上にその墓があった。一段低いところにあるBコートから魚を誘うようにして何度もクロスが上がってくる。危ない、まだ、危ない。最も安定した軌道の時を待ってから合わせよう。関心がない様を装いながら僕はその時を待っている。けれども、同時に僕はわかっていた。失敗しても大丈夫……。ここは幕の内側の出来事なのだから。もう少し、これじゃない。もう少し、そう、もう少しだ。きた。これを僕は待っていた。
 早かった。僕は巻いてきたクロスに合わせられず空中分解して、蝶になった。
 蝶になって、戻ってきた。プラットホームの上のダンスはすっかり終わっているようだった。審査員の忘れていったノートがベンチの上で開いていた。僕は、元自分だった名前の上に留まった。2つ上の名前の横に二重丸が記してあった。彼とは何度か口を利いたことがある。


posted by 望光憂輔 at 12:50| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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