2011年10月14日

空白のドラゴン

 もう学校に行く必要もなく僕は一人で歩き出すと道はすぐに暗くなってしまった。地理が苦手だったのだ。
「カナダはどこですか?」
「ユーラシア大陸」
 夜を越すことが最初の課題。僕は明かりに吸い寄せられてスーパーの中を彷徨っていた。どこかに身を潜められる場所はないだろうか。朝までここで過ごすことができればあたたかくて安全だと思った。「****さん」どこからか従業員が飛び出してきて、名前を呼んだ。自分のことであるはずはない。たまたま同じ名前の人がいるだけなのだ。また、別の人が現れて「****さん」と呼ぶ。****さんをみんなで探している。自分のことではないのに、顔にわかりやすい不安が表れているのがわかる。
「****さんは、あの子といると感じが違うけどもしかして好きなの?」
「意外と好きです。少し前から、だんだんと好きです。今は相当に好きです」
「そうなの、そうなの、まあ! 本当に!」
「いいえ、そうじゃなくて、それくらいの気持ちで演じているということですよ」

 一人降りまた一人降り、降りる度にまた新しい人が乗ってきて、入れ替わりながらバスは進んでいく。今では僕ももう古い乗客になっていた。新しくやってきたおばあさんが僕の隣に座ると鞄から本を取り出した。目が悪いので読んでくれと言う。僕は漢字が苦手だった。

『ドラゴンの夜』いつも冷静な兄が時々奇声を上げながら、「わー、無理だ」。パニックになり、力尽きる。けれども、気を取り直して再スタート。永遠に繰り返される世界。きりがないからこそいいのだ。夜は更けていくけど眠るなんてもったいない。時間に縛られた世界の中で、時間を忘れられることは素晴らしい。僕はその時思った。こちらの世界の方が本物なのじゃないかと。きりのないこちらの世界が本物。終わりのある現実の世界は幻……。
「あー、また死んじゃった」くやしがりながら、兄はスタートボタンを押す。時計の針が、幻の世界の中で恐ろしい速度で進んでいた。
「○○○やめたの?」
「きりが○○からね」
「やっと○○○○○」
 ○○の先輩のように○は言った。
 ○○○○○を出たところでドラゴンを見かけた。懐かしさに○○○○ように、後をつけた。歩道をゆっくりと歩いていくドラゴンの背に夕日が反射して輝いている。見つからないよう、見失わないように後を追う。犬は、空に向かってほえ立て飼い主たちを困惑させ、○○○○としていた猫たちは、そそくさと姿を消し去った。秘密の路地を抜けると、突然ダンジョンへの入り口が見え、高まる胸に僕は○を当てていた。けれども、その時ドラゴンが振り返った。
「ここはもう、おまえの来るところ○○○○」ドラゴンは、きっぱりと言い放った。初めて聴いたドラゴンの声は、桜の下で奏でる○○○○のように胸に突き刺さった。僕は何も言わず引き返した。知らない町の中を、○○も持たずに彷徨った。夜がやってきた。
「空白を埋めなさい」
 おばあさんが言った。けれども、僕は空白を埋めることなく、そのままその先を先へ先へと読み進めた。読めない漢字があっても無理に読んで進めて来たし、意味が失われたとしても流れを止めたくなかったからだ。正確さや正解をおばあさんは求めているかもしれないけれど、今はこの流れに沿ってただただ先へと進んでいきたかったのだ。おばあさん、今、本は僕の手の中です。
「空白を埋めなさい」
 僕はボタンを押した。
「次で降ります」

 鳥たちが朝の準備を始めていた。僕は服を脱いで、田んぼの中に入った。そうして浸かっていると案山子たちがやってきて話し相手になってくれるかもしれないと思ったからだ。僕は面白い話を考えていた。今日のこと、クリスマスのこと、海のこと、芝居のこと、ジダンのこと、歌のこと、猫のこと、本のこと……。けれども、将来の話を考えていると不安になってきた。昔のことから話そう。案山子の一人がやってきた時を思って、昔を振り返った。五歳の頃のヒーロー、宝物、引っ越して離れていった最初のともだち……。案山子の頭の上に鳥が止まった。翼を広げると、背後に朝焼けが広がってゆく。
 


posted by 望光憂輔 at 02:33| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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