2011年11月09日

侵入者

 3階にまで越してきたので今度は階段で下りることも容易だった。下りかけたところで、誰かが上がってくる気配、不吉な予感を感じ再び引き返した。鍵を締めて、ドアの内側で息を殺して待っていた。3階まで上がってきた足音は拡散しながら破壊的な音を立てた。どこかの、ドアは破られたようだった。
 黙って家を出たことは悪いことだったかもしれない。でも、僕の飛行の目的は町をパトロールすることにあって、それは善い心からきているのだから、この場合の善悪はどういうことになるのだろう。どこかで、僕の助けを必要としている人がきっといるのだ。僕は高度を一層上げて、長距離飛行に入る準備をする。消防車のサイレンの音が聞こえる。何台も、何台も、地上を消防車が通っていく。

 大林家は自転車専用道路に隣接していた。ペダルをこいで通り過ぎようとするが、坂道のある1点を越えることができず後退してしまう。勢いをつけて、乗り越えようとするが、なかなかうまくできない。少しでも早くその場を離れたかった。復讐のために留まっているなどと、誤解されてしまうことが嫌だったのだ。これで最後という力を振り絞ってペダルをこいだ。坂道のある1点には、見えない力が宿っているようで、乗り越えられるはずなのにどうしても越えることができなかった。ついに、転倒して自転車を失ってしまう。大林トンネルの中は真っ暗で家の人はみんな留守にしているようだった。ポケットから取り出したナイフを掲げ、その明かりを頼りに歩いた。誰にも会いませんように……。不安のあまり、鼓動が高鳴る。それは時を打つ柱時計の音だ。柱ごとに別々の時を刻んで、侵入者を迷わせようとしているのだった。窓の1つもどこにもない。ナイフの明かりが、瞬いて、もう少しで尽きてしまいそうだった。より深く迷子になっても構わない。トンネルの出口を求めて駆け出した。ついに、その果てから明かりが射し込んだ。誰かが家のドアを開けたのだ。おばさん……。おばさんの顔先に、僕はナイフを突きつけて立っている。「違います」そう叫んで、僕は大林家から逃げ出した。自転車道を全力で駆けた。おばさんは、僕の顔を見ただろうか。自転車が、坂道のある1点に残留して、何かを物語ることが怖くて、怖くて、振り返らずに駆け続けた。

「上着着てるの?」みんな半袖で、ポカリスエットを飲んでいた。いつの間にか夏になったのだ。ジャージを脱いで、ハンガーにかけた。
「あいつなら家にいるかもしれないぞ」
 僕の部屋にも近づいてくるようだった。あいつというのが、前に住んでいた奴を指しているのか僕のことを指しているのかわからなかった。ドアの内側で、必要以上に小さくなって、必要以上に息を殺して、待った。ポケットの中で、携帯電話が震えた。僕はポケットを手で押さえて必死で音を殺そうとした。その時、目の前のドアがすべて可視化されているような感覚に襲われて、足が震えた。しばらくの間、ドアを睨み続けて、可視化の波と戦った。奴らは行ってしまったのか、いくら待っても次の音は来なかった。息絶えた携帯電話を取り出して履歴を見るとそれは赤く表示されていた。折り返してはならない、という警告だった。

posted by 望光憂輔 at 02:25| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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