2011年11月23日

空寝

 ゆっくりと速度を落とすと運転手は急にハンドルを大きく切って車をUターンさせた。どうして、ここで方向転換をするのか、道を間違えるにしてはあまりにも見通しの良すぎる道だった。「今日は大勢だから別のルートを選んだのね」と姉が言った。「姉ちゃん、行ったことあるの?」姉は、前に一度、まだ小さい頃に行ったことがあると言った。何もない道が続いて、変化のない雲を眺めているとうとうととしてきた。

 刀を持った子供ヒーローが次々と集まって悪役を取り囲み、代わる代わる切りかかる。止めをさしては終わってしまうから、ヒーローは微妙に力を落としては、次の友達に役目を渡す。ぐるぐると回りながらとめどない攻撃を繰り返す子供ヒーローの前に、三体の悪役はなす術もなくただ弱々しい抵抗。「もっとやれ! もっとやれ!」同世代の友達ってなんて素晴らしいのだろう。横を見れば、兄もテレビの中のヒーローに夢中だ。

 どこででも店員さんを呼べるように、僕は円盤を買ってきたのだ。袋から取り出してみるとやたらと円が大きい。真ん中のボタンを押すと、風が吹いたような音がした。失敗。これでは役に立ちそうもない。パッケージを見ながら「500円!」と姉が叫ぶ。「違うよ。100円だよ」僕はその値段はうその値段だと必死で訴えた。「100円だよ!」兄が円盤を手に取って、真ん中のボタンを押す。風の音を聞くと、鼻で笑った。「さて、バナナといえばこの人」テレビからは、バナナに因んだ有名人らしき人が登場する。誰? 知らないのか、興味がないのか、誰も答えない。

 ロッカールームには、紙くずや脱ぎ散らかした服、外れた扉が散乱していた。細々とした物を片付けた後に、重い扉だけが幾つも残った。自分一人の力だけではめ込んで元通りにする、一瞬それをイメージした後、すぐに打ち消した。適当につけてしまっては、すぐにまた外れてしまうかもしれない。外れた扉を幾つか抱えて、受付まで戻るとみんな忙しそうにしていた。「それで時間がかかったのか?」扉を見ながら先輩が言い、僕は大将の首を持ち帰ったような心地だった。外出から帰ってきた外国人にキーを渡そうとキーボックスの中を見ると、飴玉とメッセージが入っていて、僕は一瞬その文面に目を走らせてから飴玉を手に取り、外国人に向けて差し出した。

 カードに書かれたテーマに添って順番に話をすること。小林さんが簡単にルールの説明をしてくれた。「この部屋だったら子育てしたくなるね」と小林さんが言うように、適度に広く、白を基調とした落ち着いた雰囲気の部屋だった。「そうそうこのカーペットが……」そう言いかけて床を指差すと、そこにカーペットはなくてフローリングの所々に布団が敷いたままになっているのだった。「壁の模様が……」と僕は言い直した。壁一面には、悩み多き羊の頭のようなものがもこもことくっついていた。「小林さん、新しいギャグを練習しておいたら?」おばさんに、不意に提案されて小林さんはばつがわるそうに眼を細めた。けれども、それによって変調を来たしたのは僕だった。トイレの中で、唾液とオレンジジュースを交互に吐き出した。出しても出しても唾液とオレンジジュースはおかしいほどに出てくる。その大いなるおかしさの中にすがって、今トイレの外で起きている出来事は、すべて遠い国の出来事であるように信じた。吐けば吐くほどおかしくなり、時間は過ぎて、世界は遠退いた。部屋に戻る頃、パーティーは終盤に差し掛かっていて、僕はそっとドアの隙間から転がり込んで横になり眠っている振りをした。ずっと眠っていたんだ、というような……。誰かの体が、肩にそっと触れた。けれども、眠っている僕は目を開けられない。僕の他にも、誰かが眠っているのかもしれない。やわらかい……。パラパラと拍手が鳴って、ざわざわとするのを、無数の足音が踏んづけて行くと、やがて部屋そのもののように静かになった。誰かが、僕の名を呼ぶ。三度目の名で、僕はそれを初めて聞いたかのように目覚める。「もうみんな行ったよ」と誰かが教えてくれる。女の子だと信じていた僕の肩に触れているのは、白い猫だった。再びトイレに戻って小さな用を済ますと、僕はバスに向かって飛行を開始する。真っ直ぐ、バスの側面に向けて近づいてゆく。バスはまだ止まっている。扉は、閉まっている。


posted by 望光憂輔 at 22:42| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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