2011年12月08日

タクシードライバー

「どうして東京へ?」とタクシードライバーが尋ね、「テレビが壊れたから」と僕は答えた。そんなところから拾う人は、東京にはいないからねと言う。メーターが上がってしまうからねと言う。「東京駅へ向かう人はみんな迷子です」タクシードライバーは700円と書かれた帽子を頭に乗せていた。僕は東京の空について尋ね、彼は幻想の東京と現実の東京について答える内に、時間の話になり映画の話になった。「2時間というのが迷惑をかけない時間なんだ」迷惑という言葉が妙だった。「姿勢が続かないということ?」タクシードライバーはウインカーを鳴らし、右折レーンに入った。交差点の標識には知らない土地の名前が書かれている。「陶酔の限界なんですよ」限界とは、どういう意味だろう? 「時間を忘れてしまう。そういうのが好きだな」そう言うと彼は日常と陶酔について語り始めた。東京駅へ向かう途中、延々と映画の話が続き、徐々に非日常世界へと入っていくように交通量が減っていった。車線も信号の数も減っていき、人の姿も見かけなくなった。「登場人物が生きているような映画だよ」どんな映画がいいかについての彼の答だった。東京に来た時、彼は俳優を目指していたのだと言う。日が徐々に落ちてきた。
「どうしてやめたの?」余計なこととは思ったけれど、言葉は止められなかった。そして、タクシードライバーは黙り込み、車は細い急斜面を上った。誰もいない道だった。僕はどこへ向かうのだろう。行き先を伝える言葉を誤ったのだろうか。あるいは、出発の理由が既に愚かにすぎたのだろうか。

「どこだ?」落葉の敷き詰められた赤い道の上を車は滑っていた。タクシードライバーの肩を掴んで、僕は叫んでいた。「どこだ?」タクシードライバーはブレーキを踏んで車を止めた。不意に、自分が誘導して車を辺境の地に運んできたような気になると、恐怖がエンドロールのように押し寄せてきた。ドアが開き、落葉の上に僕の足があった。トンネルの奥から、老夫婦が助けを求めるようにして逃げてきた。おじいさんは足を引きずって、おばあさんの肩を借りている。車に戻ろうとした時、運転席にタクシードライバーの姿はなかった。車の後ろに隠れ込むようにして、老夫婦は小さくなった。人間か獣かわからないような影が、トンネルの奥から血の匂いを追って駆けて来る。闇の中から最初に現れた鎌のような金属が、落ちかけた日を受けて輝くと、それは着実に悪意を持った使い手と一体となりこちらに近づいてくる。何かを探し、地面に手を伸ばしたけれど、その手に握られていたのは落葉ばかりだった。凶器を振りかざし、泥だらけの男は、車のすぐ傍にいた。
 その時、何かが車を突き抜けて、僕と殺人鬼の間に立った。人間離れした何かが殺人鬼に体当たりした。「俺の原案のおかげでこの映画は成り立つんだろうが」そう言いながらモンスターが、その大木のように太い尾で殺人鬼の体を容赦なく締め付けると、落葉が風に舞い上がって殺人鬼の顔中に貼り付いた。やがて、赤い土に呑まれるようにして、殺人鬼の身体は沈んでいった。「もう大丈夫ですよ」

posted by 望光憂輔 at 01:40| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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