2011年12月08日

浮遊街道

 日々歌い続けることで、彼の記憶を呼び戻そうとした。リズムを変えて新しいものも取り入れて、今までにあったものからどこにもなかったものを作り出そうとする中で、毎日が積み重なって、とめどない歳月が川となって流れていった。歌の一つ一つはただ流木となって、誰の心にも留まることなく消えてゆくのだった。ある朝、「ただいま」と彼が口にした。当たり前のように朝がきた、といった調子で言った。その瞬間、彼は僕にとって見知らぬ他人となってしまった。どこから帰ってきたのか、どこへ帰ってきたのか、それさえわからなくなってしまったのだ。

 儀式の一環として金を撒いた。白いビルを男がよじ登って行く。泥棒? その周辺に次々と男たちが加わった。訓練だ。アクロバティックな形を取りながら、互いに絡みつき縺れ合って、進んでいく。危ない! 一瞬、手と手が離れて、落下する、と思った瞬間別の隊員が足を伸ばし、その手に捕まる。一瞬、危険と思わせるところまでもすべては計算し尽くされた訓練の一部なのだった。お金のことはもうあきらめていたのに、「あなたのお金も今は私のもの」と隊員が認めるので、僕はならば返せと迫った。突然、隊員はわからない言葉をしゃべりだした。取り巻きの者たちはボイスパーカッションを始め奇妙な歌が始まると、僕はついに理解し合うことをあきらめた。
 緩やかなスロープを通って自転車のライトが流れてくる。川に反射して輝くタイヤフィッシュを眺めながら、昔だったらこの川くらい自転車で飛び越えることもできただろうと考えた。今では、目の前にあるささやかな手すりさえも、危険な障壁のように見えてしまうのだ。
 適当なライブを見つけられないまま3時も過ぎて、外国人のカップルと乗り合わせたエレベーターを降りてホテルを出た。どこか遠くでサイレンの音が聞こえる道、まだたくさんの人が歩いている道。杖を振り回しながらお婆さんが、奇声を上げながら歩いてくる。決して関わらないように、あるいは余計な接触を避けるように道行く人が用心深くコースを変更する。僕は歩道を越えて、浮遊する。

 今年も残るところあと僅かなので、みんな髪を整えておくようにと先生が言った。残り少ない道の上から野菜たちが転げてくるのを、やり過ごしながらゆっくりと進む。店の前には車が止まっているけれど、それが順番を待っているのか、ただ止まっているだけなのかはわからない。八百屋の中では猫たちがいたずらをして困ると言って主人が愚痴を零していた。「この忙しい最中にまったく!」そこで主人は猫たちに遊び道具を与えることにしたのだった。「さあ、これを持って出て行け!」2匹の猫は、駐車場の片隅で胡坐をかきながら雲に向かって水鉄砲を打ち上げていた。それよりも相手に向けて撃った方が何倍か面白いよと言って教えてあげたけれど、猫たちはそのやり方がとても気に入った様子で、道筋を曲げることはとうとうなかったのだ。
 川の上に浮遊して、余裕を感じたのも束の間、おばあさんもまた杖を振り回しながら浮遊して追ってきたので、僕は更に浮遊して歩道橋を越えた。逃げすぎたのが明確に目標を示すことになったのか、おばあさんは宙に浮いたまま猛然とこちらに迫ってくる。一振りで歩道橋をなぎ倒して、向かってくるのだった。最初に見た時よりも、巨大化しているように見えたのは錯覚だったろうか……。「あれは本当に怖いな」と誰かが、下の方で言うのが聞こえる。

 僕が音楽家を助ける方を選んだため、置いてきた漫画家は少し寂しげでした。それで、痩せた、骸骨の絵ばかりを描いていたのです。

posted by 望光憂輔 at 22:41| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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