2011年12月14日

鉄の感触

 また銀行が襲われ同じ場所に銭亀がいたと言った。「そろそろ正体を明かしてくれないか?」疾走する高速ビルの上で老刑事は言った。捜査の混乱を収拾するために、自分が銭亀であると証明して欲しいと言うのだった。「わかりました」内心の激しい動揺を抑えながら、ポケットからクレジットカードを取り出して一瞬だけ見せた。本名が見えてしまわないか心配したが、ちょうどビルが急カーブに差し掛かるのと重なったためよくは見えなかったのか、老刑事は納得した様子でカードを返してくれた。けれども、しばらくして信号で止まった時、急に思い出したように、「そうだ」と言った。「始まりの年号を確認させてもらおう」もう一度カードを出さなければならなくなった。ここで拒むような真似はできなかったが、もう一度見られれば真実を見破られてしまうだろう。(いくら老刑事の目であっても)「あっ、そうか」ポケットを探っている途中に、彼は言った。「年号は書いてないんだった」自分の誤りを認めると老刑事は苦笑いしながら謝った。「では、先に行くよ」その方がいいだろうと言った。反対する理由はなかった。帽子を深く被り直すと、疾走する高速ビルの上からジャンプし、すぐに蛙のように見えなくなってしまった。老刑事がいなくなり脚の震えが止まらなくなった。それは高いビルの上だからというはずは決してなく、それでも遥か下方に霞む街を見下ろすと、何か非日常的で恐ろしいものを見ているような気がしてきた。いつもなら、何のためらいもなくダイブできるし、あるいは他の疾走物に飛び移ることもできるのに、今はどうしても最初の一歩を踏み切るイメージが湧かなかった。あり得ない転落のイメージさえ湧いて、とうとうビルの上に伏せてしまった。このまま乗っていることだけは、できない。
 
 緩やかなカーブを越えやがて高速ビルは田舎道に入るところで速度を落とした。待っていた瞬間がきた。僕はダイブした。けれども、足が離れた瞬間、いつもとは違う重力が体を包み込むのを感じた。何かが、やはり、おかしい。貧弱なダイブは、自力では完遂することができず、僕は遅れてやってきたジャングルジムカーの角に手を伸ばしてしまった。いけない、と思いながらも手は離れない。鉄の1つに薬指の指紋が付着してしまうことの不安を、大丈夫、大丈夫、とかき消して都会の空にまで追いやった。横転した鉄枠の中から素早く脱出して、一歩二歩離れた。ジャングルジムカーから脱出した運転手は、捻じ曲がった鉄の様子を確認しながら、こちらに近づいてくる。「酷いことを」と言って僕を睨んだ。「人間業じゃないよ」と僕は冷静を装って言い逃れた。「またやるのか?」ドライバーはまだ僕を睨んだままだ。
「それを決めるのはあんたじゃないの?」開き直って相手任せのことを言った。
(このガキが……)「やるんだな?」僕の方に一歩近づく。恐怖から、僕も一歩近づいた。そして、男の顔に殴りかかった。手に当たったのは、鉄のようだった。


posted by 望光憂輔 at 20:32| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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