2010年09月18日

みんなのさんま

 扉を開けると、人々が一斉に振り向いた。 L字型のカウンターは人でいっぱいだった。
「いっぱいかー」
 誰一人として何かを食べている者はいなかった。みんな料理が来るのを待っているのだ。僕は扉を閉めた。
 店の外では、腰を屈めマスクをした老婆が道草を食っていた。
「空いてるやろ。入ればいいだろう」
 老婆は言った。
「他にありますか? この辺りに」
 母が尋ねた。
「他はない」
 老婆は言った。
 僕たちは、夏至の夜に行ったもう一方の定食屋に行って、さんま定食を食べた。店では、ほとんどの者がさんまを食べるのだ。けれども、時々はチキンカツを食べたり、餃子を食べたりする者もあった。

posted by 望光憂輔 at 16:01| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サプライズゲスト

 隣の水元さんがやって来た。
「お父さん、水元さんが来たよ」
 父はまだ眠っている。
「先生! 水元さんが来たよ」
 父は大きく目を開いた。唇が唇の深いところで動く。何かを言おうとしたのだ。
「こんなに目が開いたのは、今日初めてですよ」
 僕は水元さんに報告した。報告しながら、うれしくて涙があふれてきた。僕が帰っても、父は平然としているが、誰か知らない人やお客さんがやって来ると父は、必死に覚醒しようとするのだ。なんて礼儀正しい人なのだろうか。

「よくなって帰ってくださいね」
 父はうーうーと唸った。
「そうですか。そうですか」
 手が冷たいですねと水元の奥さんは言った。
「先生の声が聞こえないと寂しいです」

 銭湯に行った母が帰ってきた。
「ありがとうございました」
 無理をしないようにと言って、水元さんは帰って行った。
 銭湯にはまだお湯が溜まってなかったと言う。
 今日の天気は晴れだった。

「ゲゲゲの女房よ」

 父は両目を開けてゲゲゲの方を見ていた。今日の父は調子がよかった。

 世の中のだいたいのことはタイミングで決まるのだ。
 病の発見も、新しい医療の発見も、出会うことも、出会わないことも……。
 もう少しの違いで、いつもうまくいったり、おかしくなったりするのだ。
 父の好きな花の写真をたくさん見たり、ピアノの音を聴いたら、刺激を受けて意欲が湧いて、声が出るかもしれない。デモタールが駄目でも、自然や音楽はもっとうまくやるかもしれない。わかりっこないのだ。どっちがいいとかよくないとかは。

 いいことばっかりはないんだから。

posted by 望光憂輔 at 00:10| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月17日

父の答

 まぶたが微かに動く。一瞬目覚めたような気がした。

「やってみようじゃないか」

「新しい治療か……。 やってみようじゃないか」
 父は言うのだ。僕の父はきっとそう言う。

posted by 望光憂輔 at 23:58| ソロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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